「手塚くん、これ…」

放課後の生徒会室、会議を終えると集まっていた委員達は各々自分の作業へと移っていく。 鍵を閉めるのが俺の役目であることを熟知しているみんなは早々にここから出て行ってくれるのでありがたい。 何といってもこの後部活が控えているから後がつかえるとたまらないのだ。
そんな中、めずらしくだけが最後まで残っていた。 彼女は俺の恋人であるが、甘えられたり我侭を言われたりといったことは未だにない。 いつも控えめに、「迷惑はかけたくないから」と「ごめん」ばかりを口にする。 気持ちはわかるがもっと信頼して欲しいと思う。 彼女との仲を誰かに相談したわけでも無かったのに、ある日突然不二からは「 愛されてる自信が無いからそうなるんじゃない?手塚、顔怖いし」 などと不覚にもそんな事を言われてしまった。
愛されてる自身が無いというのならば俺だってそうである。二年のバレンタイン、 告白をしてきたのはからだった。 一年の頃から同じクラスで、会話こそそれほど無かったがしとやかなにはいつも目を惹かれた。 だから断わる理由など微塵もなく、晴れて恋人になった、はずだった。
だが彼女の態度は付き合う前より張り詰めていて、そんな彼女に触れるのが怖く、お互いぎすぎす しながら進展のない日々を数ヶ月。俺だって男だが、それ以前に彼女のことを思うと 臆病になってしまうのかもしれない。情けない話だが。

話が逸れたが、気まずそうに立ったまま動かない彼女に「どうした」と声をかけて、 しばらくの沈黙ののち返ってきたのが最初の言葉なのである。 両手で大事そうにかかえた包みを、控えめに差し伸べながら。

「…これは?」
「あ、調理実習で…作ったマフィンを…」
「……今日うちのクラスで調理実習など無かったはずだが」
「えっとだからね、その、友達が…作ったんだけど…」
「…俺にか?」
「渡して欲しいって、それで…その…迷惑だったかな…」

受け取ろうとしない俺の態度にあからさまに落ち込んだ様子の彼女に、 多少申し訳ないと後ろめたさを感じながらそれでもこれくらいは許されるだろうと一人ごちた。 というより、この程度では足りないくらいじゃないか。 恋人に対して、他の女からの贈り物を渡してくる彼女。 素直に喜べる状況であるはずがない。
考えれば考えるほど気付けば眉間の皺が増えていた。

「…ああ、迷惑だな」
「えっ、でも、これは友達が頑張って作ったもので、手塚くんに食べて欲しいって、
「何度も言わせるな、迷惑だと言っているんだが」
「ッあ、ご、ごめん…なさい」
「……それはわざとか?」
「………え?」
「お前の俺に対するその態度はわざとかと言っているんだ」

は最初から俺のことなどなんとも思っていなかったのかもしれないな。 もしかしたらバレンタインのチョコレートだって、友達から頼まれて 成り行きでこんな事になってしまったなんていう可能性だってなら十分にありえる。(そんなことあって欲しくはないが。) だから俺に怯えるような素振りをみせるんだろうか。 だから平気で他の女からの贈り物も届けるんだろうか。

「手塚く

少し歩み寄れば、逃げるように少しさがる。 繰り返していれば、いつの間にか壁に突き当たる。 両腕を壁について彼女を拘束すると、彼女の口元は酷く歪んで助けを求めていた。 その恐怖に向かって、己のそれをゆっくりと近づけていく。
呼吸すら許さない、許したくない、彼女の唇に触れていいのは俺だけでいい。
そう思うのに。想いも、唇も、重なる事はない。

「…すまない。俺らしくないな」
「て、手塚くん」
「友達に礼を言っておいてくれないか」
「あ、」

肩をすくめる大内の、震える華奢な両手からその包みを奪い取る。 そうだ、こんなのは俺らしくないんだ。 を困らせて、怖がらせて、余裕がなくなっているよう なのは俺じゃないんだ。

「やっ、やっぱり駄目!」

扉に向かって歩き出した俺の背中に、少しだけ強気な声が聞こえてきた。 制服の裾がピンと張って、その場に立ち止まる。

「これはの友達から、俺になんだろう?」
「そう、なんだけど…でも、なんていうか…ごめん…やっぱりなんでもない…ごめん」
「ふっ」
「いっ、今笑ったでしょ!」
「いや、俺もこうくるとは思っていなかったからな」
「何が?」
「お前には敵わないな」

ぽかんと口を開けたままのに、屈んで軽く口付けた。

「…そんなに見られると気まずいんだが」
「だっ、て今」
「さっきのも同じようなものだったろう」
「でもしなかった!」
「嫌か?」
「嫌、じゃ…ない…けど……心の準備とか、ほら」
「今まで十分あっただろう、そんな時間」
「…でも何かおかしいもん。タイミングがおかしいし、手塚くんも今日は変で、」
「じゃあ慣れてくれ」



真っ赤になって反論してくる彼女の口をもう一度塞いでやった、
そうすることで今まで抱えていたもやもやが何処かへいってくれる気がした