「何、これ」 大学帰り、白石くんの家にやってきた私は机の上にぽんと置かれた球根に目がいった。 すぐ後ろで上着を脱ぐ白石くんが「ん〜?」と私の肩に顎を乗せて覗き込んでくる。 耳元で、「ああ、チューリップの球根や」と無駄に吐息たっぷりの声がそう答える。 彼にかかれば何でもかんでも淫猥な単語に聞こえる(から、不思議だ)。 「球根なんかどうするの?」 「今日の夕飯にする」 「ええ?食べるの??」 「ウソや。食べられん事は無いけど、その品種は毒性あるから食われへん」 「物騒な」 「ほんまの事や」 耳元でくく、と笑う白石くんにそわそわしてきて、私は大袈裟に上着を脱いだ。 その動作のおかげで自然と距離を置いた彼がそのままキッチンに消える。 その間に座り込んで、私はネットに入った球根を指先で転がした。 しばらくしてグラスを二つ持って戻ってきた白石くんが私を見て、「何や卑猥」と意味不明な事を言うので、 私はぶっきらぼうに「それは白石くんの頭の中です」と球根から手を離した。 「やだ、何でわかってもうたん」 「…私の事バカにしてるでしょ」 「別に?ほんまの事や」 「うそばっかり」 いじけるようにグラスに口をつけると、「疑り深いなあは」と白石くんは私に擦り寄ってきて、 耳元でわざとチュと音を立てた。 「そういう証明はいらないから」と両手で彼を押し返すと「残念」とあっさり引く。 何となくそれが寂しくて、物足りない気分になった。 「チューリップはな、根も花も葉も全てが毒部位になり得るんやで」 「えげつないやろ?」と言いながら私が放り出した球根を今度は白石くんが指先で転がし、 その様子を見ながら何でか私は恥ずかしい気持ちになった(白石くんが変な事を言うからだ)。 「まあ、毒やって定義したんは人間やけど」 「…確かに、そうだよね」 「やろ?毒やからって理由だけで倦厭すんのはおかしい。その証拠にチューリップは愛されとる」 「うーん、第一知らなかったし。毒があるって」 「チューリップは万人に花としての認識があるしな。口に入れな毒は回らんから」 「そうなんだ」 「毒に対する知識を持っていれば、美しいものをもっとたくさん楽しめる」 すっと伸びてきた指先が、下唇に触れる。 彼の持論に「ふうん」と小さく口を動かすと、その隙に入り込んできた彼の指が軽く犬歯に触れた。 指の腹を挟み込むように柔く噛み合わせると、白石くんは目を細めて薄く笑った。 「チューリップって淫靡やと思わん?」 「…ぜんぜん、これっぽっちも」 「わかってへんなあは」 「私、毒の魅力はわかんないから」 「損やなあ」 再び擦り寄ってきた白石くんが、私の正面に顔を屈めてきたので(キスするのかな)と目を瞑ると、 ぶつかったのは額同士で『ごち』と鈍い音が脳天に響く。 思わず目を開けるときれいなガラスだまみたいな瞳が見えた。 (吸い込まれそう)そう思っていると手の平が太股に縋ってくる。 思わずびく、と足を揺らした。 「何?」 「チューリップは口に入れられへんから」 「私はチューリップじゃないよ」 「愛される女の象徴なんやで?」 「…私、愛されてるんだ」 「自覚あるやろ」 「わかんないなあ」と挑発的に言ってみせると、「かなわん」と白石くんは私にキスをくれた。 「要は、触るだけなら中毒にはならん。もっと深く知るには、舐めて、噛んで、嚥下せな」 「………こじ付けくさい」 「の事、もっと知りたいんやけどなあ」 「毒が回って死んじゃうかも」 「その前にカラカラになってまうかな。チューリップは土の中の栄養全部食潰す花やから」 愉快そうに笑いながら、白石くんは私の髪を撫で付けた。 「明日、一緒に植えよか」と言いながら圧し掛かってくる白石くんとベットに雪崩れ込みながら、 (結局、今日の夕飯にするって言ったのは冗談ではなかったのだろうか)と、 彼がどこまで計算をしているのかをぼんやりと考えた。 |