ピンポーンとインターホンが鳴って、その音に私は並んでテレビを見ていた蔵ノ介と目を合わせた。
「誰だろ?」と言うと、「俺にわかるわけないやろ」と笑われる。
そうだよね、と首を傾げながらモニターに向うとストライプの制服とキャップを被った宅配会社の人がうつっている。 「はい」とすぐにキャッチして、「ちょっと行って来るね」と鍵を掴んで共同玄関に走った。 数分後、「ありがとうございました」と言って去っていく宅急便のお兄さんを見送りながら再び私は盛大に首を傾げた。 結構な大きさのあるダンボールで、送り主の欄には『白石蔵ノ介』と書いてあった。 送ってくるくらいなら直接渡してくれればいいのに、と思いながら(この大きさはムリだと判断したのかな) (にしても、送るなら送るで一言あってもいいのに)と彼の行動に疑問ばかりが浮かんで消える。 まあ、都合のいい事に本人が部屋にいるので私はダンボールを抱えて部屋へと急いだ。 ドアを開ける音に、部屋から顔を出して「お、帰ってきた」と蔵ノ介が嬉しそうに言う。 その表情は私の反応を興味深く窺う時にする顔で、口の端にはうっすら笑みが浮かんでいる。 「ねえ、どうしたのこれ」 「開けてみればわかるわ」 「サプライズ?」 「まあ」 (まさか、びっくり箱じゃないだろうか)(開けた瞬間に何か飛び出してきたら) と、考えてダンボールに掛けた手が数秒躊躇う。 持った感じでは結構軽かったのだ。 軽くて大きいもの、といったら何だろう? 意外とスナック菓子の詰め合わせとかそういうものだろうか(しかしそれを送ってくる目的が不明)。 他に軽いもの、ううんわかんない。 「焦らすなあ」 「だって、怖いんだもん」 「俺がを傷つけるようなん送るわけないやろ」 「いや、そうかもしれないけど…」 「俺、信用無いん?」 「またそういう」 大袈裟に悲しんだ『フリ』をする蔵ノ介に私は口を尖らせた。 自分がどういう顔をすれば相手がオチるかっていうのを理解してやっているからこの男、性質が悪い (まあ、それがわかってて釣られる私も彼に溺れているのだけれど)。 「開ければいいんでしょ」とぶっきらぼうにガムテープをはがしてフタを開けると、 中から出てきたのはけむくじゃらのぬいぐるみだった。 「…テディベア?」 よっこらしょ、とふわふわの脇腹を掴んでダンボールから引き上げると、 愛くるしい顔をしたくまのぬいぐるみが私にむかって微笑んでくる。 その顔には見覚えがあって、それはこの間デートをした時に何気なく私が「いいなあ」と言ったものだった。 「これ、」 「やっぱ、が抱っこしとるとかわいく見えるわ」 「ちょっと、何で?」 「自分、ええなあ言うてたやろ?」 「そう、だけど」 そんなもの、何に対してだって言うだろうに。 ショッピングを楽しむ時に出るワードとしては「いいなあ」なんてありふれているだろうし、口癖のように言うものだ。 本当に『欲しい』『必要』と思うものならばそれなりに悩むだろうし、 この時私がこのくまに対して投げかけた言葉はあっさりと聞き流してしまえるくらいに軽いものだった。 大体その時蔵ノ介は、大きなテディベアに抱きついて「うわあかわいい」とはしゃいでいる私の横で、 「こんなん部屋にあったら邪魔やろ」とその実用性の無さにくまのぬいぐるみの存在を否定していたはずだった。 「正直に言うけど、ごめんね、もしかして今日って何かの記念日だった?」 一つの可能性として、突然こんなものを送ってくるのには訳があるだろうと考える。 その上このくま、結構値の張るものなのだ。一緒に値段を見たのだからそれを私がわからないわけがない。 本当に『欲しい』と思わなかった理由はそこにも起因する。 しかし蔵ノ介は、「別に何も無いで、あえて言うならそのくまがのところに来た記念日になるわけやけど」 とふわふわの毛をぽんと撫でた。 「ねえ、本当に?じゃあ私にやましい事ある?私、こんな物貰わなくても、」 「ちゃうて。俺があげたいと思っただけや。ほんま」 「だってこれ、ぽんと買えるものじゃないでしょ」 「勘ぐるなあ…甘やかしたいねんの事」 そう言って蔵ノ介は私からテディベアを取り上げて、私を抱き寄せた。 啄ばむような短いキスを何度も何度も私にしながら、指先を絡めて手の甲をくすぐってくる。 しばらく目を開けたままお互い見詰め合っていたけれど、 熱っぽい視線に耐えられなくなって私は逃げるように目を瞑った。 すると「ふ」とおかしそうに笑った蔵ノ介が急に後ろに倒れこんで、 背中に回った彼の片腕が道連れを強要するようにぐっと力を入れたので、 私も大人しく彼の胸に体重を預けて体を倒した。 「強迫観念の中で俺の事でいっぱいになるとか、そそるわ」 「そうじゃなくても私、いっぱいいっぱいだよ」 「物なら目に見えて形になるやろ」 「じゃあこのテディベア、凶器なの?」 「そんなえぐいもんとちゃう、愛情や」 頬を擽ってくる細くて綺麗な指先が精一杯を訴えていて、 危うく流されそうになったけれど彼の行動は少し歪んでいる、と私は思う。 広くない部屋の中で、一際存在感を放つテディベアはきっと自然に視界に入り込んで、 そのたびに私は蔵ノ介に見られているようなそんな異質な気分になる事だろう、 少し離れた場所にいる彼はそれを悦びとして渇望し、 今頃は私が彼の事を考えている事だろうと熱心に妄想しながら一人口の端に笑みを浮かべるのだろうか。 |