からっと晴れている夏の日の朝だった。 前方に傘を片手に歩くクラスメイトを見つけて自転車を減速させる。 「おはようさん」と声を掛けると、 余程自分の世界に入っていたのか彼女はびくっと大袈裟に肩を揺らして固まった。

「あ、白石くんか、おはよう」
「何やその、あー俺か、みたいな」
「ちゃうちゃう!安心した方!」
「自分、誰かに追われてるんか」

訳のわからない事を言う彼女に笑うと、は困ったように控えめに笑った。 (地雷踏んだんやろうか)と不安になると、そんな俺に気を遣ってか 「そうそうちょっとやらかしてもうてな、て、そんな訳あらへんわ」 と冗談めかしたように彼女が言う。

「そんならええけど、ところで今日雨降るて言うとった?」

外での部活動は天候に左右されるので、毎朝欠かさず天気予報をチェックしている。 今日の予報では全国的に快晴で、それどころか今週はずっと雨の心配は無いだろうとお天気キャスターは言っていた。
(他局ではにわか雨の知らせがあったのだろうか?)

俺の質問に『いや、今日晴れやけど?』と言わんばかりののきょとんとした顔に、 彼女の持つ傘を指差すとやっと俺の意図した事がわかったのか「ああ」と彼女が声を上げた。

「これ、ただの願掛けやねん」
「願掛け?傘にか?」
「うん」
「何でまた」
「ほら、傘って持ってる時はあんま雨降らんやん。持ってない日に限って降るくせに」
「あー、わからんでもないなあ」

(いや、でもこんな快晴の日にまで持ち歩かんでも)
(余程雨にあたるのが嫌なのか、それとも心配性なのかどちらだろう)

変わってるなあ、と思っていると「それにな」とはおもむろに傘の留め具を外して、 バッとそれを開いてみせた。

「これっていきなりやられると結構びっくりすんねんな」
「ええ、ドッキリ用グッズなん?その傘」
「ちゃうけど、いざという時」
「何や、やっぱり誰かに追われてるんか」
「まあ、そうかもしれないし、そうじゃないかも。後は杖にもなるし」

痴漢にあったとか、変質者に遭遇したとか、そういう過去でも持っているのだろうか、 けれど多分それを聞くにはまだ彼女との距離がありすぎるような気がして言えなかった (後から思えば、これは彼女からのキラーパスだったのかもしれない) (要するに俺は、ここで会話を広げるべきだった)。
俺は当たり障りの無い返事をし、その後に(失敗したか?)と自分の捻りのない言葉に苦笑いする。

はそんな俺の様子に、早く会話を切り上げた方がいいかなとでも思ったのか傘を畳みながら、 「私雨女やから、白石くんも私と一緒やと降られんで」と気丈に笑った。



(ああ、やっぱり失敗だ)
先を急がないようにと思いながら急ぎすぎたらしい、 彼女の方から遠まわしに『これ以上私と話しても楽しくないやろ?』と言われてしまった。
ちゃうねん、と言いたいところだけれど、 その時俺はしつこくされんのも嫌やろうなあ、なんて考えて 「それは困るなあ、俺傘持ってへんから」とに合わせてへらへら笑いながら、「ほな朝練あるから」と彼女に手を振った。

それが気の利いた言葉だと思っていたのだから、救えない。


止まない雨はありました


お互いに腹の探りあいと攻防戦。