「やっぱり都会じゃ見えないかー」 朝方4時、ベランダに出たが小さく呟いた。 秋と冬の真ん中の冷気が部屋の中に入り込んできて小さく身震いする。 しばらく部屋に戻ってきそうに無い薄着のを見かねて、 傍に脱ぎ捨てられていたカーディガンを拾い上げて自分もベランダに出る。 彼女の肩に手に持ったそれを掛けてやりながら、白み始めた東の空を眺めた。 は西の空に大分落ちたオリオン座をぼんやりと眺めており、 視力のせい(または明るさのせい)であまり見えないのか少し目を細めていた。 「まあ、都会の空は明るすぎるからなあ」 「だよねえ」 残念がる彼女のお目当ては流れ星だ。 オリオン座流星群のニュースを見たのは今から5時間程前の事であり、 その時も彼女は「えーほんと?」と言って急いでベランダに出てしばらく東の空のオリオン座を眺めていた。 全国でも観測出来、今年は特にたくさんの流れ星が観測出来るとあって期待しているようだったが、 15分程粘って一つも収穫が無かったらしいその時もしょんぼりと肩を落としていた。 朝方4時頃が最も観測に適しているという情報を携帯サイトで見たらしいが、 「朝までオールナイトする!」と言い出してそれに付き合っていたわけだけれど、 そんな元気があるならチャリでもこいでもっと人工的な明かりの少ないところに行けば良かったのではないかと笑う。 「願い事の神様って知ってる?」 「んー?」 「流れ星に願い事をお願いすると、空に居る願い事の神様が叶えてくれるんだよ」 「ああ、流れ星に3回願い事を言うと叶うっちゅうやつな」 「うん。昔はね、1回で良かったんだけどね、でもそうすると願い事の神様が働きすぎで疲れちゃうから、 3回言えた人の願い事だけをかなえる事にしたの」 「そういうの、迷信ちゅうか皮肉やけどな。たった一瞬の間に3回も願い事を言えるはずがないやろ」 「リアリストだなあもう…」 ふて腐れたように顔を顰めるに笑いながら、 そういう顔が見たくてつい意地悪な事を言いたくなるんだよなあと心の中で呟いた。 (別に、信じていないわけじゃない) ただし、起こり得る事象のすべてに理由があると思ってしまうだけだ。 例えば願い事一つとっても、もし「明日晴れになって欲しい」と祈る人と「雨が降って欲しい」 と祈る人が居るとしたら、同じ場所で叶えられる願いはどちらかでしかないわけだ。 願いが叶った人は、(神様はいるんだ)と思うだろうし、叶わなかった方は(いない)と思うだろう。 そういう事だ。 この世に神が存在するとしたらそれは、確率だろうと俺は思う。 「大体な、日本では外国程熱心に神に祈ったりせえへんやろ?」 「…うん?」 「『生活』するって言葉が表す日本の生き方は、他を活かして、 自分を活かされてっていう相互扶助の精神なんや。 神や星になんか願掛けせんでも、自分たちの力で生きていこうっていう強さを持ってるんやで?」 「はー、なるほどね」 「せやから、とキスがしたいなあて願い事も、流れ星やなくて自身に言えば、この瞬間に叶うわけやろ?」 「……それは何かちがくない?」 「まあまあ」 の首筋に手を添えて、首を傾けると観念したようには目を瞑った。 あたたかい唇がそっと自分の唇に触れて安心する。 (人が他と関わって生きていると実感する瞬間というのは、 こうやって誰かと肌を触れ合わせた時に一番強く感じるのだと、思う) 「ちなみにな?」 「んん?」 「オリオン座流星群て名前やからオリオン座見とったみたいやけど、 流星の放射点がオリオン座付近てだけで、 別に必ずしもその周辺に流れ星が観測出来るわけちゃうで。広範囲に空を眺めるのが正解」 「ええ今更言う!?」 「必死に見とるんが可愛くてつい」 「ええーっ、もう、白石くんのバカ!次にこんなに見れるの70年後だって、」 「何や、70年後なら俺らまだ生きとるで。今は長寿の時代やから」 「70年後にもこうやって星空の下でキスしような」 と微笑むと、は顔を真っ赤にして「変なところでロマンチストなんだから」と視線を逸らした。 |