少しだけ開けたカーテンの隙間から差し込んだ月の光が彼女の顔を浮かび上がらせる。 苦しそうに眉間に皺を寄せながら、悦んで涙を流すその顔を見ながら(ああ、溺れてるみたいだ)といつも思う。 熱に浮かされた瞳が空ろで、一体どこを(何を)見ているのだろうと眼球に舌を伸ばすとそこは固く閉じられた。 「恋したい」 ズボンだけを穿いてベットに背中を凭れさせながらリモコンでテレビのスイッチを入れると、 画面に映像が映し出されるまでの短時間の間に未だ何も着ていないがベットの上で呟いた。 その言葉にピクンと唇の端が素直に反応する。 振り向かずに「ほー」とだけ返事をすると、彼女はまともな回答なんて期待していなかったのか、 特に気にした様子もなく「あと2ヶ月したらクリスマスだー」と絶望に似た声を漏らした。 「クリスマスっちゅうんは日本の何かしらの会社のただの商戦文句やで。バレンタインと一緒や」 「…夢無いね」 「サンタなんかおらんわ」 「うわ、今サンタさん一人死んだ。酷い。白石くんの鬼」 「そういう自分は今さっき俺の存在を否定しよったくせして」 「何が?」 「恋したいなら、俺にしとったらええやろ」 ザッピングを繰り返していた俺の指を、「今の見たい」と背後からが掴んできた。 リモコンを放り投げて彼女の腕を取り、ベットに雪崩れ込んで唇を奪う。 いつだって独りよがりの、応える必要を感じさせない強引な、キスだ(と、自嘲する)。 「俺のもんになったらええんや」 「……………」 「したら、クリスマスまで焦る事も無いやろ」 「…やだよ。今うん、って言ったらそれこそ私、本当に一人ぼっちになりそう」 「信用無いなあ」 「無いよ」 プイ、とテレビの方に顔を動かした彼女の隣にごろんと体を横たえて背中に額を寄せた。 髪の毛がくすぐったかったのか、少しだけが身を捩る。 (何が悪かったんやろうか)(順番?)(誠意?) (そもそも、こんな事始めたのが間違いやったな) きっかけは何となくしたキスだった。 多分俺はその時からの事が好きだった。だけど「好きだ」と意思表示をする前に、 俺たちはなし崩しのセックスをしてしまった (が拒まなかったからだ、と言い訳をする事も出来るけれどそれは卑怯だ)。 それから何となく、この関係を続けてしまっている。 元々二人で出かける事は珍しく無かった、それに加えてキスをして、セックスをするだけ。 外から見れば普通のカップルと何ら変わらない。 けれど意思の疎通が出来てない。 試しに「好きだ」と言ってみた。 けれど彼女は「ふうん、」と目を逸らす、それだけだ。 (やっぱり順番か) それがわかっても一度知ってしまった快楽を自分から遠ざけるのは難しいものだ。 まるで麻薬に似ている(これは病気、だ)。 そこにあるから、手を伸ばしてしまう。 (いっその事、遠くへ行ってしまえば楽になれるのか、否)(ムリだ) 彼女は言う。 きっと俺は、自分を手に入れたと思ったら興味が無くなるに違いない、と。 (だから、こういう関係が一番私にとってすくいなの)、と。 (ああ、信頼もやっぱり無いわ) くく、と小さく声を出して笑うとが「ひくっ」と喉を引き攣らせた。 (何や)と上体を起こして彼女の顔を覗き込むとはぼろぼろと涙を流していた。 自分でも泣いていると意思表示をしてしまった(声を漏らしてしまった)事が不服だったのか、 小さな両手でいっぱいに口許を押さえながら、テレビの光をその瞳に反射させている。 「何泣いとるん」 優しく髪を梳くと、はぎゅっと目を瞑った。 (かわいそうに) (本当は、俺の事が好きやのにな、は) 約束してやれたらいいのに、お前が俺を受け入れてくれたとしても俺はお前が好きだ、と。 けれどそれすらも言えないくらい(愛してるんやで)。 「すまんな」と、精一杯優しい声で俺は小さく笑った。 |