大学の友達に、どうしても合コンの人数が集まらなくてと数合わせにと強引に連れて行かれた先で、 酔っ払った相手の男の人に抱きしめられた。 不覚にもその時、いつもと違う男の人の香りにドキリとして、白石くんに後ろめたい気持ちになった。
(浮気なんてする気はないし、する勇気も無い)けど、 一瞬でも大好きな人以外にトキメキを感じた事に罪悪感を感じた。

急に決まった事で、白石くんに合コン行くって事を伝えずに行ったからかもしれない。
秘密と言うのは鋭利だ。

まあ、私たちの様子を見た友達が「この子そういうのアカン子やねん!」とフォローしてくれて、 何事も無く済んだのだけれど。 それでも断りきれずにケー番の交換だけはしてしまった。
(だって、出会いのために来ているはずで、相手を騙しているのは私の方で) そういう後ろめたい気持ちから優柔不断になってしまったのだけれど、 それではいけなかったのだと私は後悔する羽目になった。






「えっ、なん、で?」

重い足取りでアパートまで帰ると、通路に白石くんの姿が見えた。 私の部屋の扉の前に座り込んで缶コーヒーなんかを飲んでる。
咄嗟に発した私の声に気付いた彼が、「遅かったやん」と左手を上げた。

「今日、約束とかしてなかったよね?あれ?もしかして連絡、…は入ってない、けど…え?」
「そない焦らんでも、約束はしてへんかったし連絡も入れてへん。 ただ何となく会いたくなった。でもおらんかったから待ち伏せしてみた」
「え、ええっ、今、何時だと…いつから待ってたの?」

季節も秋から冬に移り変わろうとする頃だと言うのに、 本当にふらっとここへ来たのか彼は薄着で。 缶コーヒーは暖をとるためのものだったのだろうか、そっと手を取ると指先は冷たかった。

「とりあえず入って」と部屋に入れると、「おおきに」と白石くんは丁寧に靴を脱ぎそれを揃えて部屋へ入った。 上着も脱がずに鞄をその辺に放った私は、キッチンでお湯を沸かしてお茶を淹れる準備をする。
一度部屋に入った白石くんがそこにやってきて、擦り寄るように私を後ろから抱きしめた。

「白石くん…?」

私の呼びかけに、彼は一層回した腕に力を入れて、それから「くさい」と一言呟いた。

「え、ご、ごめん、私お酒、飲んでて、」
「ちゃう。この匂い…アンテウスか?」
「あ、アンテ……?」
「……、何か隠しとるやろ。こんな遅くまで何処行ってたんかなあ」

(いや、それはこんな時間に人の家の前で何やってたのかなあと、あなたにも言える事では) と、思ったけれど反抗すると倍返しされそうなオーラをむんむんに白石くんが放っていたので言わなかった。

「か、隠してって、別に、友達と飲んできただけ、」
「今カマかけたったんやけど、自分心臓ばくばくしとるで。今の黒やろ」

耳元で白石くんが笑うのがわかって、少し怖くなる。
(何でこの人、全部わかっちゃうんだろう)
元々隠すつもりもなかった合コンで、ちょっと後ろめたい事があったせいで言えなくなって。 それだけで動揺する私も私だけれど、その変化を見抜く白石くんも恐ろしい。

言い出すのが遅くなればなる程恐ろしい事になりそうだ、とスイッチを切り替えた私は観念して、 「数合わせで強引に合コン連れていかれて、それだけ、」と白状する。 白石くんは「へえ」とだけ言い、それから私の首筋をくんと嗅いだ。

「それは何となくわかったで。の身体はいつも正直やからなあ」
「な、っ、え、何が?」
「せやからクサイねんて」
「??ご、ごめん…もしかして汗臭い?お店暑かったしちょっと汗かいた」
「ちゃうちゃう。男物の香水の匂いや」
「え?」
「アンテウスは女を誘惑する香りなんやで。腹立つわ…誰や、俺の女にこないけったいなマーキングしたん」

ガリ、と首筋に噛み付かれて「いた、」と声を上げたのも束の間、後ろからジャケットを剥がされる。 驚いておろおろしていたら、今度はワンピースの裾をぐいっと持ち上げられて、 そこでようやく私は「ちょっと、!」と彼の腕を掴みにかかった。

「いきなり何、っ?」
「臭くてたまらん」
「もう、さっきからくさいくさいって、何かぐさっとくるよ!」
「なあ」
「…う、うん…、?」
「俺が怒ってんの、わかってんか」
「あ、…それ、は…ごめん、でも私、合コンそういうつもりで行ったんじゃ、なくて…」
「そういう事やのうて、嘘つかれとんのが腹立つねん」
「……嘘?」

後ろから抱きしめられているせいで、白石くんの表情が伺えない。 笑っているのか、怒っているのか、はたまた悲しい顔をしているのかわからないけれど、 声に抑揚も色もなく、淡々と吐き出しているだけのように感じて怖かった。
逃がさないとばかりに両腕には凄い力が入っていて、素肌に触れた指先が私の体温を奪っていく。

「身体は正直やって言うたやろ。抱き締められでもせんとこんな強く相手の残り香感じたりせえへんわ」
「、それ、は、」

怖いのと、後ろめたいのと、切ないのと (だって、彼が嫉妬心から気持ちをぶつけてきてくれるのはわかるのだけれど)、 自分がどう行動すれば彼が満足するのかというのがわからなくて小さく身体が震えた。
それに気付いたのか、白石くんは「すまん、俺らしくないな」とパッと私を解放した。

「どうせ酔っ払った男に抱きつかれただけなんやろうなとか、わかるんやけど」
「あ、合ってる…」
「ほんまかい…」

私が発するにおいから男の人と何処かに行って、 おまけに抱きつかれたという事までわかってしまう白石くんの観察力は流石と言うべきだろうか。 だてにテニス部の部長やら何やらまとめ役を任せられてたわけじゃないんだなあ (そして匂いフェチなだけはある)。
振り返って彼を仰ぎ見ると、頭を重たそうに抱えてため息を吐いた。

「ごめん…私優柔不断で…」
「せやな。隙があるからそうなんねん。は無意識に男誘惑しとるから気付けなアカン」
「ええ、無いよ。友達みんな私は色気全然無いって」
「俺にとっては遺伝子レベルで惹き付けられるもん、持ってるんやけどな」
「またそういう事言って」
「まあ、とりあえず風呂入ってきてくれへん。嫉妬で頭おかしくなりそうやねん」

そう言って白石くんは私の頬を指先で擽った。
触れるか触れないか、絶妙な感覚に背筋がぴり、とする。


(触って、欲しい)かも、(もっと)。


「お風呂、入ったら、部屋も換気して、それで3回くらいこの服洗濯するから、」

(だから、もっと求めてほしいんだけどな)

無言で彼を見つめると、白石くんは口許に手を当てて私から目を逸らした。 かすかにくすくす笑ってて、目元も緩んでた。
(ねえ、私愛されてるって自覚はあるんだよ)

「やっぱアカンな。今すぐにでも手出したくなってもうた」
「でもくさいって言うんでしょ」
「いっそ一緒に風呂入ろか。俺もちょっと寒いねん」
「それは自業自得だよ。もうほんと何がしたかったの?」

沸騰していた鍋をコンロに残したまま火を止めて、剥ぎ取られて放置されてたジャケットを拾い上げる。 その動作を白石くんはずっと見ながら、「何や突然に会わなアカンような気がしてん」と言った。

それから私にキスをして、「うわ、やっぱ酒臭くもあるわ」と悪戯に笑った。



コインランドリー



「まだアカン」
「ええ、もう3回も洗濯したんだよーもう匂いなんかないよ」
「いや、まだや」
「お洋服が傷んじゃうよ」
「ほなら、今日はショッピング行こか。俺が買うたるわ」
「………そこまで嫌なの?」
「嫌や」


っていうやり取りを色々いたした後にするといいと思います。
まったくわがままな白石くんです。
ていうか完璧不審者なんですけど、そういう時もあるよね。
なんていうかシャンプーの香りする子が好きって事は自然な香りが好きなのかなあって事で、
気に入ってる『恋人の香り』が穢された時凄くイラッとくるんじゃないかなあと思ったわけです。