放課後、友達にかくれんぼしようってくだらない提案をした。
それは、一緒に帰る約束をしてた恋人の白石くんが「すまん、ちょこっと用事出来てもうた。どっかで待っとって」
と言ってきて暇だったからで。 そんな事情を知ってたみんなが仕方ないなあと言いながら一回だけ (範囲を校舎内だけと決めたのはいいものの、広い校内だとゲームオーバーまで時間がかかるから)付き合ってくれる事になって。 鬼決めのじゃんけん勝負で一抜けを果たした私は、校舎内を駆け回って家庭科室に目をつけた。 今日は部活が休みなのかそこには誰もいなくて、 しめしめ大きい机の下に隠れてやろうとそこに入り込んで一番奥の作業台の下に潜り込む。 携帯を開くと歩いていて気付かなかったけれどワンコールの着信があったようだ。 それは鬼が解放された合図だった。まあ、だだっ広い校舎じゃ「もういいかーい」は聞こえないからね。 ふう、と一息ついてドキドキしていると、ガラリと扉が開く音がして心臓が飛び跳ねた。 (も、もう!?ピンポイントで!!?) と、鬼が私を探しに来たのかと息を潜める。 内ズックと床がキュッと擦れる音が耳に届いて、私はぎゅっと体を縮込めた。 (やばい、みつ、かる!) 暇つぶしのはずの遊びがこんなにもあっけなく終わるとは、 と覚悟を決めたところで「白石くん、」と私のよく知る人物の苗字を呼ぶ女の子の声が部屋に響いた。 (は?)と思ったけれど声を上げるのを何とか我慢する。 すると、近づいてきていた足音がピタリと止まり「ああ、」と聞きなれた声。 (鬼じゃ、無い、)(白石くん…?) 身を乗り出して確認したい気持ちが沸いたけれど、何だかそうもいかない展開になっていた。 「ごめんね、呼び出して」という女の子の声は微かに震えていて、 私はそれがこれからどういう行動を起こす時におこる現象なのか思い当たる事があって、 震えだす手足を必死に押さえ込んで今にでもここから逃げ出したい衝動に耐える。 (いや、むしろ、今すぐここから立ち去るべきだったのかもしれない) 「今、大丈夫…?家庭科室に用事あった?」 「いや、すまん。今指定場所に向かうとこやってんけど…忘れもん取ってからにしよと思て寄っただけや。 でも丁度会うた事やしここでええ?そっちの用事、ここでも済むんやろ?」 「あ、うん、やっぱり、シチュエーション的にばれてるよね…あの、ね、私、」 きっと、言い出す方の女の子も緊張してて。 でもそれ以上に、私の方が緊張してて。 (どうしようどうしようどうしよう) (白石くんの用事ってやっぱりこれだったのかな、) (でも呼び出しに応じたって事は、) それってどういう事? 「好き」という大事な言葉が、私という不純物の混じった部屋にこだましてしまう、 その恐怖に奥歯を噛み締めていると白石くんの「たんま」という声が聞こえた。 「俺に言うたらアカン。応えられへんから」 「っ、ちょお、はっきり言いすぎやって」 「せやけど、どうせわかってて呼び出したんやろ? 俺の恋人に後ろめたいって気持ちめっちゃ出とるわ。申し訳なさそうにしすぎ」 「…かなわんわあ…うち、最初から断られたら諦めるつもりやったけど、言わせてもくれへんのや…」 「すまんな。呼び出しに応じるのが精一杯やねん。それに、大事な言葉はとっとかな」 泣くのを我慢しているのか、くぐもった彼女の声が痛いくらいに私に突き刺さって、 「ありがと」と言って去っていく足音に胸が締め付けられる。 (彼女にとっては、私と同じ気持ちのはずで)(私がごめんなんて言うのはただの傲慢で) だけど私は心の中で(ごめんなさい、ごめんなさい)と謝りながら安心した。 白石くんはこんな風に、私以外の「好き」を受けとらずにいてくれたのだろうか。 そう思うとむしょうに嬉しくて、だけど苦しい気持ちになる。 こみ上げてきそうな嗚咽を押さえ込もうと口許を覆うと、「、おるんやろ」と白石くんの声。 驚いて立ち上がろうとして、机に思い切り頭をぶつけた。 「痛ったあ…」と小さな声を漏らすと、「そこか」と足音が近づいてくる。 (どんな顔してればいいのか、わかんない)そう思ってとりあえず変に笑顔を作っていると、 白石くんがしゃがんで私を覗き込んできた。 「何しとんのかなあ。恋人の監視か?」 未だ隠れたい気持ちからか、私は声を出せずにぶんぶんとただ首を振った。 その様子に、白石くんは苦笑いして「わかっとるわ」と言った。 「がここに入ったの見て俺もここに入ったんやからどっちかっちゅうと俺が監視しとるみたいやな」 「え、…っ、?」 「鈍いなあ…それより今の会話、ちゃんと聞いとったんやろうな。 まああの子が偶然ここ見つけてくれるとは思わんかったけど丁度良かったわ」 (もしかして私が居るの知っててわざわざさっきここであの話に持ち込んだわけ?) (確かに、待ち合わせてる場所はここじゃなかったみたいだけど) (ていうか、) 「それ、あの子に対して失礼じゃ、ない?」 彼女の精一杯の想いを、白石くんは私にあて付けるために利用したっていうんだろうか。 喜ぶべきところなんだろうけれど、私はその事が引っかかって素直に喜べなかった。 眉をひそめる私と対照的に白石くんは穏やかに笑っていて、それが一層私の心に影を差す。 「はわがままやなあ」 「なに、が」 「ほんなら俺はあの子に好きて言われてありがとうて言わなアカン事になるやん。 そうなったらそうなったで、どうせ悲しくなってまうんやろ?は」 (う、わ) 矛盾する私の、核心をつかれたようで痛い。 でもだって(好きも言えずに、あの子は泣くんだ)、そう考えるとどうしても悲しくなる。 彼女の言葉を白石くんが受け止めたとしても、私は悲しくなる。 でもそれは、かつて彼を憧れの眼差しで見ているだけだった私と、 今幸せで彼を手放したくない傲慢な私の両方が現在進行形で居るからで。 (しょうがない、じゃない) 「泣きそうな顔。泣いてもええで。俺、の泣いてる顔好きやから」 「泣か、へんもん、」 「そう?残念やなあ。泣いてるとこ慰めたるのも好きやねんけど」 「悪趣味」 「に言われたないわ。机に隠れて盗み聞きすんのが趣味なんやろ?」 「せやからそれはちゃうって、さっき白石くんが言ったんやん。私、かくれんぼ中やったん」 唇をきゅっと結んで、白石くんから視線を逸らした。 つんとする鼻に顔を顰めながら、白石くんの言葉を待つと「へえ」と彼は笑った。 「ええなあかくれんぼ」 「そう、やから見つかるまでひっそり隠れとかなアカンの」 「ほな俺もが見つかるまで一緒に隠れたるわ」 「ええって」 「せやかて用事終わったし、今度は俺が暇になるやん」 「それは、そうやけど…」 (わがままだけど、)今はあんまり一緒に居たくないなあ、なんて思ってる自分が居て。 けれど白石くんはお構いなしに作業台の下にもぐりこんできた。 二人が入るとさすがに狭くて、ぴったりと寄せ合った肩が緊張する。 「にしてもかくれんぼて正直、鬼の方が楽しいと思わん?」 「まあ、それ私も思ったけど…」 「隠れてる間めっちゃ暇やろ」 「うん、まあ…」 「せやからこっそりエッチな事でもしよか」 「はあ、まあ………いや、いやいやせえへんて!」 勢いあまって私はまた頭をゴチンと机にぶつける。 同じところをぶって、「痛っったあ」と頭をさすると白石くんが「アホやなあ」と笑った。 (いや、あなたがおかしな事を言い出すからだよ) 「隠れてすんのって燃えるやん」 「さっきまでのシリアスな流れどこいったん!?」 「俺、今もシリアスやねんけど」 「キメ顔されても無理やから」 「は」 急に、唇を手で覆われて喋れなくなる。 真剣な瞳が私を真っ直ぐに捉えて、視界まで彼に奪われる(だって、逸らせない)。 「俺の気持ち、知っとるくせに卑怯やな。確かにあの子には酷な事したかもしれへんけど、 それが俺の覚悟やって考えへんの?…がやっとる事やって、 俺があの子にした事と同じなんて自覚持って欲しいわ。 それから、俺以上にの方があの子に酷な気持ちぶつけてるて、気付いとるか」 肯定の言葉も、否定の言葉も要らないという事なんだろうか。 それとも私が何か言う権利すら無いと言いたいのだろうか。 塞がれた唇から言葉をつむぐ事は出来なかった。 ただ私は、「残酷やな」と言い、同じ唇で私に「愛してる」と囁く白石くんを、じっと見つめていた。 |