「せやからここは、あ〜っ、もうさっき教えたやろ。この場合こっちの公式使うねんて」 テーブルを挟んで向かい側ののテキストを覗き込んで、シャーペンの先でトントンと間違った箇所を指摘する。 先ほどからずっとそんな感じで、俺のシャーペンが走った後で彼女のテキストは真っ黒になっていた。 そんな俺には唇を尖らせて乱暴に消しゴムをかけ、計算をやり直し始める。 が、しばらくした後にその手の動きはストップし「もうアカン!」とテーブルに額を打ち付けた。 「なんや根性ないなあ」 「やってこんなん絶対将来使わんもん」 「自分が教えていうからわざわざ休日に時間割いてるっちゅうに」 は元々そんなに成績は悪くない。 ただし本人が言うにはそれは頭がいいわけではなく、テストの前だけ詰め込み勉強をするから点数がいいだけであって、 普段の彼女の頭にはさほど教科書の中身は入っていないらしい。 だが、俺と同じ高校に行くためにそれではいけないと焦りだしたようだった。 理由がまたかわいらしくてらしいという事で、張り切って教えてやろうと思っていたのだけれど、 始まっておよそ1時間でこれだ。 「それは凄く嬉しいけど、正直もう白石くんに教わりたないわ」 「何でやねん」 「あれやもん。白石くん自分わかっとるからって私もわかってるていで話しとって全くわからん! もっとこう、低レベルなところやねん!」 「…複雑やなあ。それは俺を下げてんのか上げとんのか…どっちや」 目をギラつかせながら「返答しだいではほっぽり出す」(実際やるはずがないけれど)と言うと、 がうっとたじろいで「ごめんなさい」と言った。 「時間とってもらって我侭なんわかるし、教え方がヘタとか言うつもりもないし、 でも理解できへん自分にもやもやする!あーもう!…やっぱ私帰るわ。 一人でもくもくやる方が頭入る気がしてきた」 「結局それは勉強やのうて、テスト勉強方式やろ」 「…勝ったもん勝ちや!要は結果よければ全てええねん」 「いや、そこ引き合いに出されたら否定はされへんけど、帰るんはアカン」 「でも私もう集中力なくなってもうた」 「俺かて最初から無いわそんなもん」 謙也を真似てくるりと片手でシャーペンを回すと、カタンとそれはテーブルに落ちた。 彼女の目はその一連の動作を追い、それから俺に視線を移した。 「嘘ばっかり」 「嘘やないて。ただし俺が完璧すぎるせいで集中せんでもこんなテキストちょろいだけや」 「…ここは怒るとこなん?ツッこむとこなん?白石くんのボケいまいちわからんのやけど」 「事実言っただけや」 「あ、怒るとこやったわけや」 机に突っ伏したままのが、握っていたシャーペンで俺のテキストにらくがきをしてきた。 唇は相変わらず尖ったままで、怒っているのだろうけれどただ拗ねているようにしか見えなくて。 (可愛えなあ)と喉の奥でくつくつ笑うとは一層苦い顔をした。 それから、「私にしてみれば完璧な方が可哀想や」と呟く。 「よく言うやんか。頂点に立った後はもうキープか落ちるかしか無いて。 私、追いかけられるの苦手やし、競い合うのとか嫌や。白石くんはようその恐怖に耐えられんなあて思う」 ぐるぐるとした毛玉のような線の塊が俺のテキストの一角に生まれていた。 そうやって彼女がらくがきする様を見つめながら、俺は小さく嘲笑した。 「それが快感なんやないか」 「わかんないなあ」 「それにな、俺はまだ全然満足してへんしな」 「たまに私、白石くんについていけへんわ。私平々凡々の一般人やから」 「他人事やなあ。の事やで」 「何の話?」 「についてはまだ全然完璧やないって事」 「例えば」、そう言いながらこちら側に伸びていた彼女の指先を掬い上げる。 カランとシャーペンが先ほど俺が落としたシャーペンの傍に転がった。 何かされると感じとったのか、彼女の瞳が揺れる。 その態度ににやりと目で笑い、それから指股をべろりと舐めた。 びくりと一瞬痙攣した彼女の指が、勢いよく彼女の元へ引き戻されたけれどそれは許さなかった。 かーっと赤くなる彼女の頬に加虐心がそそられて、ピリと背筋に痺れが走る。 「こういう事すると、どないな顔すんのやろ、とかな?」 「そんっ、そんなん、知って得するもんちゃうやんか」 「俺にとっては重要な事やで?数字も科学も証明確立された事実やけど、はちゃうやろ」 「いやまあ、そうやけど…」 「探究心は人間にとって必要なもんや。それを擽るは俺にとって重要な存在やねん」 ぷい、と視線を逸らしたは「急に何やねん、」と口をもごもごさせた。 そんな彼女に向かって「」と甘えた声を出して、 何度目かの呼びかけに振り返った彼女の尖った唇にキスをした。 |