しとしとと雨の降る秋口の事。
そろそろお鍋が食べたいねえ、鍋パーティでもしようかなんてある日の帰り道に話していた。 それを決行しようと決めた約束の日が今日。
時間には少し早かったけれどまあそんなのあんまり関係ないよねと恋人のアパートをピンポンする。
いつもなら少ししてガチャリと開くはずのそれが、今日は待っても待っても開かなくて。 (あれえ約束今日だったよね)と携帯で日付を確認する。間違ってない。
寝てるのかな、忘れてどっか行ったとか?
とりあえずもう一度、またもう一度チャイムを鳴らした。 でも、やはり反応はなく。ためしにレバーハンドルに手をかけぐっと引いてみるとあっさりとそれは開いた。

(………?)

中を覗き込んでみるとそこはしんと静まり返っていて、 「白石くーん?」と呼びかけても動く人影は確認出来なかった。
不思議に思いながらもとりあえずドアが開いたので中に入る。 靴を脱いで丁寧に揃え、見慣れた廊下を通って部屋に入るとテーブルの上には簡易コンロと鍋だけが用意されている (ああやっぱり今日で間違いない)。
きょろきょろと家の主を探して、乱れたままの布団を捲ってみたりクローゼットを開けてみたり、 トイレやお風呂場の扉を開けてみたりしたのだけれどやはりそこに目当ての人は居なかった。

(ていうか、無用心)

まずそこを一番突っ込みたい。
どこへ行ってしまったのか(はたまた私にドッキリを仕掛けようとしているのか)わからないけれど、 このご時勢に鍵も閉めずに家を開けるなんて不法侵入大歓迎と言っているようなものだ。 一体いつからこの状態なのかはわからないけれど。

とりあえず、羽織っていた上着を脱いで鍋の前に腰を下ろす。 (入ってしまったのだから大人しく留守番くらいしていよう)そう思ったのだけれど。
カチコチと響く時計の音を聞きながら一人で他人の家にいるというのは非常に落ち着かないもので。
自然に目に入るところに手をつけたく、なる(どうしようもなく気になって)。
と、いうのは彼の部屋の乱雑さのせいだ。
布団にしてもそうだけれど、脱ぎっぱなしなのか洗濯物を取り込んで畳んでいないだけなのか、 わからない衣服が床やら棚の上やらに散らかっているし、 読みかけのまま開いている雑誌も置きっぱなしだし、 さっき通ったキッチンの流しには食べたままの皿が数枚ひっそりと息を潜めてた。

(一人で時間を持て余すのって、よくない)




結局、我慢出来ずに勝手に人様の部屋の片付けを始めてしまった。
目に見えるところだけだけれど、ベッドメイキングをしたり服を畳んだり雑誌を重ねたり (戻す場所はわからないから本当に一まとめにしただけ)。 それから洗い物をして、最後の一枚を布巾で拭っている時にカチンと金属のぶつかる音がした。
それから「あれ」と言う呟きが聞こえて、もう一度カチンと金属音。
ギイという音と共に扉が開いて、するりと背中で少し開いた扉を押し広げるように入ってきたのは白石くんで。 私と目が合うと「うわ」と驚く。

「ええ、どないしてん。ピッキング?」
「ちがうよ!開いてたの!」
「ああー、急いでて鍵閉めわすれてもうたんか俺」
「さっき一回鍵閉めたでしょ」
「開けるつもりやってんけどな」

ガサガサと両手に持ったスーパーの袋を床に置いて、靴を脱ぐ。 その一連を眺めながらお皿の水滴をしつこい位にふき取った。

「それ、全部食材?」
「おー。ほんまは昨日のうちに準備しとくつもりやってんけど時間無くてな」
「言ってくれれば私、買いつつ来たのに」
「俺特製をご馳走するって約束やったやろ」
「食材買うのは私でもいいでしょ」
「いや、食材から拘る男なんや俺は」

「何せパーフェクトやからな」と昔の通り名を口にした白石くんは、 自分で言って少し恥ずかしくなったのか「いや、やっぱ今の無し」と言って笑いながらキッチンの明かりをつけた。
(うん、確かにパーフェクトとは縁遠い)
(パーフェクトな人の部屋はきっともっと綺麗だし洗い物も溜めない)

「袋から中身、出してもいい?」
「ん。頼むわ。上着脱いでくる」
「うん」

ジャーと水道から出た水で手を洗った後、パッと水滴を飛び散らせながら白石くんは奥に消えていった。 なにやら二人分とは思えない量の食材(こういうところも無計画)をシンクに並べていると 「何や部屋綺麗になっとるー」と白石くんの笑い声が聞こえる。
少ししてキッチンに戻ってきた彼はすっきりとロンT一枚になっていて、さらっとしていて。 何も着飾ってなくたってこんなに格好いいのになあとふと思う。
じっと彼の顔を観察すると「何?」と甘い顔で微笑む。

「何で、外側はすごく繊細なつくりなのにずぼらなのかなあって」
「それ、褒めとんの?けなしとんの?」
「どちらかと言うと褒めてるかなあ…」
「ようわからんなあ」
「うーん」
「とりあえず座って待っとき。すぐやから」

その言葉に一抹の不安を抱えつつその場を後にすると、 先ほど片付けたばかりのベットの上に財布やら携帯やら鍵やらがぽいぽいと投げ出されていて、 脱ぎたてのジャケットがその下敷きになっていた。

(いや、まあ、いいんだけど)



(もし彼が本当に完璧な男だったら、私なんていらないんだろうな)と、 卑屈な事を考えながら私は白石くんのジャケットをハンガーにかけたのだった。



磊落な内と繊細な外


どちらかと言うと白石は無頓着なイメージが四天宝寺の中では強かったりします。
謙也とかは割りと神経質そう。枕がかわると眠れない、みたいな。
財前は典型A、小春も綺麗好き、ユウジは美意識高くてオシャレにこだわるだろうし、
千歳は物自体が少なくて、金ちゃんは意外に物を大事にと躾けられてるから、
わりあい片付いているんじゃないかなあと。
そこで白石です。世の中不公平といいますか、外面が完璧なのでそれで充分です。
しかしそういう小さい事気にしないスタイルとかちょっと駄目なところがまた、
母性本能を擽って女の子をきゅんとさせたりするわけで。
無意識にそういうの身につけてる白石が憎いです…という話。