「私、蔵ノ介くんは健康おたくだからお酒も煙草もやらないと思ってた」 深夜、時折路地を通るバイクや車を適当に目で追いながらベランダで紫煙をくゆらす。 すると、見たいと言っていたテレビが終わったのかカラカラとガラス戸を引いてがベランダに出てきて言った。 柵に凭れて遠くの景色を仰ぐを見て、俺は逆に柵に背を預けて部屋の中に視線を這わす。 机の上には先ほどまであおっていたアルコールの缶が汗をかいているのが見える。 確かに、中学時代の自分だったらこんな生活想像もしていなかったろうと、思う。 「でもまあ大人んなるとやってられん事もあんねん」 「…何だかなあ……まだ若いよ私たち」 「こういうのは、麻薬みたいに抜け出せなくなるんや」 「せやからはやったらアカン」と、彼女が煙を吸い込まないように片手に持っていた携帯灰皿に赤く照るそれを押し付ける。 「…どこで、覚えてきたのかとかは別にどうでもいいんだけどね、 そうやって頑なに私に駄目だっていうのは説得力無さ過ぎだよ」 「うん、俺のエゴや。にはかつての俺自身が目指した理想で居って欲しいねんな」 「……じゃあ私がお酒にも煙草にも味をしめたら捨てられるわけだ」 自嘲するように笑ったが、ふ、と視線を俺に持ってきて。 その目が妖艶に濡れていて、(あ、キスされそう)と思ったから自然に目を瞑った。 期待通りに触れた唇の柔らかさをもっと感じたくて、 自分から押し付けるように舌を割りいれると彼女もそれに応えてくれた。 「ねえ」 「ん〜?」 「正直に言うと私もう中毒だよ」 「ええー、俺の知らないがおったん?嫌やなあそれ。どこで覚えたん」 (勿論、俺に決まっている) 「ばか」と彼女は呟いて部屋の中に戻っていった。その後姿にくつくつと笑って後を追う。 クッションを片手に番組をザッピングする彼女からリモコンを取り上げて、 目を合わせてぐいぐいと詰め寄るとそれにあわせて彼女が一歩また一歩と後ずさる。 たどり着いたベットに彼女を押し付けて彼女の指先に食らいついた。 思い切り噛み付くと、「痛、」という小さな悲鳴が聞こえる。 その声を無視して、爪の間に舌先を捻じ込んだり爪を剥ぐように歯を引っ掛けたり。 「やだ、怖いそれ、」 「は痛い方が好きやろ?顔悦んどるで」 「ちがう、よ」 (わかっとる) (『俺』にされる事が、気持ちいいだけなんやろう?) (ほんまに俺、自分のご都合主義やな) 自分がおかしくて「ふふ」と笑うとその事が気に入らなかったのかが俺の手をとって噛み付いてきた。 「何、甘噛とかかわええだけやで。もっと、思いっきしやらんと」 「………やだよ、蔵ノ介くんの大事な手だもん」 「ほんま、はかいらしな」 「ちょっと仕返ししようと思っただけ」 ぱかりと口を開いたの舌の上に指先を触れたまま唇の端にキスを一つ。 その後、ざらりと彼女の舌を指先で撫でる。苦しかったのか彼女は眉間に少し皺を寄せた。 「人間の舌にある味蕾っちゅうのが味を感じる器官なんやけど」 「みらい?」 「そ。ざらざらしとるやつ」 彼女の指先を再び口に含んで、「ちょっと感じるやろ?」とべろりとか細い指に自分の舌を押し付ける。 「ニコチンやらタールやらでこの味蕾細胞が覆われて麻痺するとな、味覚オンチになるんやで。 の味蕾はまだ綺麗やさかい、俺の味ようわかるやろ」 「最近はそのニコチンの味だよ」 「口は、な?」 「……ノーコメント」 「何や。詳細聞きたいのに」 「ていうか、だからほんとに蔵ノ介くんは矛盾してるってば。 私には綺麗でいて欲しいのに、自分から押し付けてくるってどういう事なの」 「確かに。でも大丈夫、俺まだの味はちゃんと感じとるから」 感覚を麻痺させる煙草の味を感じるのもまた味蕾細胞。 細胞自体がその刺激を渇望する感覚を感じるのもまた事実。 (歪んでいる、確かに矛盾ばかり) 「不誠実」 「心外やなあ」 「自分は俺中毒のくせして」と目だけ笑うとは口をへの字に曲げて、 それから「ばか」と彼女お得意の罵り文句を呟いた。 |