『おやすみ』というメールが嫌いだった(だってそれってメールの終わりでしょ?)。
だから私は大好きな人とメールをする時必ず中途半端に返信を止める。 明日がやってきてどうせ顔を合わせるだろうに、その時「返事かえしや」と怒られるだろうに、 何度も何度も同じ事を繰り返してはピリオドの無い毎日を過ごす、それが私の願いだった。






2年生の頃は一緒だったクラスが、3年生になって離れてしまってから教室に魅力が無くなった。 新しい友達も出来たしノリの良さは変わらないしみんな仲が良くて雰囲気のいいクラスだと思う。
けれど彼がいないだけで私にとってはあまり魅力的ではなかったのだ。
授業中に彼の後姿を見るのが好きだった(それは私が彼より後ろの席になった時限定だったけれど)。
だけど今はその背中が見当たらない。

だから私はとても暇で、普通の人はどうやってこの暇な時間を乗り越えているのだろうか疑問に思う。
シャーペンをノートの上に転がして、(あーあ)とだらりと手を重力に従ってだらりとさせた。 するとポケットにいれておいた携帯にこつんと手が当たる。

(白石くんは、何をやってるんだろう)

もはや病気みたいだった。
欲張りなのもわかってる、だけど常に彼の事を考えてる私がいる。
白石くんも同じように私の事を頭の片隅でいいから考えてくれてるんだろうか、 もしそうじゃなかったら私の事をちょっとでもいいから考えて欲しい、って。
狂ったように(いや、もう狂ってる)そう思う。


ぱかりと、極力音を立てないようにその長方形を開いてショートカットを一つ押した。
ぽち、ぽちと緩慢な動きで指を動かしてメールを打つ。

そして『すき』というたった二文字を、授業中に白石くんに送りつけた。
正直迷惑だと思う。自分が忙しい時に限って「ひまだよー」ってだけの中身の無いメールが友達から届くような、 そんな感覚に似ている気がする。 それがわかっていながらそうする私もどうかと思うけれど。

誰から聞いたのか、何かで見たのか読んだのか忘れてしまったのだけれどこんな話を聞いた事がある。
『恋人にメールでハートを10個送ると、恋人からの返信ではハートが11個に増えて返ってくるんだ』
今ふとその事を思い出してしまったのだ。

きっと最初の頃は1個から始まって、それが2個になって、3個になって4個になって、 返信の数だけハートが増えていって、それは凄く凄く嬉しい事だと思う。
きっかけもなく、明確な始まりもなく、何となく、何となくお互いが意識して、 相手の気持ちよりももっともっとたくさんを返すぞって気持ちでやり始めてたらな、 なんて凄くロマンチックな事を考えた。
でもまあ流石にそれを白石くんに求めたりは、しない。(でも)


半分祈るような気持ちで、しばらくして真っ暗に落ちた携帯のディスプレイが再び光るのをただ待ってた。 時折、黒板の上にある無音の秒針がするすると動くのをじっと眺めながら、ただ、待ってた。

先生が何度目かの咳払いをして、教科書を一ページめくった時。
私の手の中で携帯がパッとメールの着信を伝えてきた。

カチ、カチと何度かボタンを押して中身を見ると『そういう事は声に出して言うて』と、それだけの返事だった。
(白石くんの、アホ)
(私は、)
『だいすき』という言葉を期待してた。そしたら私はそのメールに『愛してる』って返す。 そういう、お遊びのようなことがしたかったのだ。本当に、暇つぶし程度に。

内心ちょっとがっかりしながらも、(でもこのやりとりできっと白石くんは私の事を考えてくれてる) と自己中心的な事を思った。
ああ、どうしよう返事しようかなどうしようかなと考えて携帯のボタンの上で指先を遊ばせていると、 パコンと小気味いい音がして頭に軽い衝撃をうけた。

ー、授業中は携帯打つ時間とちゃうでーわかっとるかなあ」

ちら、と首を動かして声のした方を見上げると教科書を丸めて右手に持った、だるそうな顔をした先生が立っていた。 私は「ごめんなさい」と言いながら携帯をバチンと閉じてそれをポケットに再び仕舞った。
「わかればええんやわかれば」と教卓に戻っていく先生の後ろ姿を見ながら、 (先生に注意されるくらい私の顔がにやけてたんだろうか)なんて事を思った。 まあ、私の席は前でも後ろでもなく真ん中ゾーンで、教卓からは一番目に付く席ではあったのだけれど。







相手から返ってきたメールの返事を考える時の、胸いっぱいのこの気持ちが私は大好きだった。
お昼休みに白石くんに会ってしまったら、このメールの返信はきっともう出来ないけれど。 まあ別にそれでもいい。



Re:
(要はあなたの事を考える時間すらも愛おしいのです)



ハートの数が増えてくっていうのがかわいくて‥
ハート増量は小春とかならやってくれそう。
白石がメールでハートの絵文字打つっていうのがどうしても変態っぽすぎてイメージ出来なかった。