今日の部活ミーティングの集合場所が変わったという事を、 わざわざ昼休みを費やしてレギュラーメンバーに伝えまわっている時の事。
最後にマネージャーであるの教室に足を向けようと階段を登っていると偶然彼女とすれ違った。 俺は「」と声を掛け立ち止まったのだけれど、彼女は俺の横をすっと通り過ぎてしまう。
はて、こんな至近距離で見間違ったのだろうかとあまりにも似ている後姿にもう一度、 今度は苗字で「さん?」と丁寧に声を掛けると彼女はやっと振り返った。
そして訝しげな視線で、「どちら様ですか?」と俺に言う。

「は?」

振り返った彼女の顔はやはり記憶にある通りのそのものだった。
これが人違いだというのはおかしな冗談だ。
(怒らせるようなこと、した記憶あらへんのやけど)

「自分、やんな」
「確かにですけど、人違いをされてるのだと思います」
「いやいや、ほんまどないしてん」

(こいつ、双子の姉妹でもおったかな)(記憶喪失か?) など、思いつく限りの可能性を巡らせてどう反応しようか迷っていたところ、 彼女は堪えきれなくなったのか「ぷ、」と口許を押さえて笑った。
それを合図に、してやられたとため息を吐く。

「おい、ほんまにちょっと悩んでもうたやんか」
「ごめん、出来心で」
「何やねんもー」
「私のケーバン、大好きなアイドルにもじっててね、短くて分かりやすいから結構本気の間違いメールとかがくるの。 今日も来たから思わず」
は考える事が意味不明やな」
「そうでも無いよ。大体人って、その本人をどうやって判別してるかって不思議じゃない? 自分に似てる人は世の中に7人いるとか4人いるとかって言うし。 メールなんか特にね、視覚や聴覚的情報が無いわけだから簡単に成りすませる」
「…まあ、最終的にはその人の記憶の情報に頼るしかないなあ」
「でしょ?だからさっき白石くんも、私がいつも通りのレスポンスをしないだけで迷った」

(彼女の言わんとする事が、全く理解できないわけではないけれど)
大体そうやって他人を試すような真似をするような機会をわざわざ設けなくても。

「で、は成りすましでメールしとるん」
「まさか。たまに、重要そうなメールにはちゃんと間違ってますよって返すけど」
「まあ、自分別に他人になる必要もないしな」

(自分以外の”なにか”にならなくてはならない人も世の中にはたくさんいるのだろう)
(もしくは、自分以外の”じぶん”を求めてしまう人もたくさんいる)

確かにそれは、そう”なる”事が出来たら楽になれるのかもしれない (俺だって逃げ出したいと思う事くらい、ある)。

発言の意味が理解できなかったのか(はて?)と小さく首を傾げたに向かって、 「ところで今日のミーティングやけど」と本題を切り出した。


外の世界はただ口を開いて待っている
(君にはかわらないでいて欲しい)