互いの講義の空き時間を見繕って大学の傍にあるカフェで昼食を取った。 ピークを少し過ぎた時間だからか人は疎らで、テーブルをいくつか離れたところに同じく学生らしい数名と、 スーツ姿の年配が数人。
かかっている音楽はジャズで、店内もひっそりと落ち着いている。
(ゆっくりと過ごすにはとてもいい店だ)

内装から視線を目の前でおいしそうにクロックムッシュに齧りつくに移す。 それからアイスコーヒーを一口啜った。

食事がひと段落した頃、があたたかい紅茶に口をつけて (真夏やっちゅうのにメインもドリンクもホットやなんて変わっとる)、 それからひとつ「っくしゅん」とクシャミをした。

「寒いん?」
「んー、夏冷え?」

すん、と鼻をすすったを見ながら(ああ、だからホット)なんて頭の片隅で考えて、 確かにこの店もやや冷房が効きすぎているなと今更感じた。

「学校も冷房ガンガンだからねー」
「せやなあ。まあ、寒かったらいつでも俺があっためてやるで」
「一歩教室から出たらもう暑いよ」
「言うなあ」
「他意なし」
「ところでな、性的な絶頂感は生理的にはクシャミに似てるんやって」

肩肘をついてにこりと笑顔を向けると、は物凄くくさい顔をしてちらりと辺りを見回した。

「またそういう話」
のそういう嫌そうな顔見んの、結構好きやねん」
「なんだかなあ」

また、というのはついこの間の休日に三大欲求の話をした事について言っているのだろう。

「ちなみにさっきのくしゃみ、はどんな風に感じたん?」
「ちょっと、何か質問が気持ち悪いんだけど」
「はは、深読みしすぎ。ちゃうちゃう、嬉しい、楽しい、寂しい、悲しいそういう事や」
「ええー、それはそれで…うーん別に、くしゃみって一瞬だし」
「ふうん」
「何で?」
「オーガズムの直前は一般的に女の子は恐怖感じる場合があるらしいねん」
「…くしゃみに恐怖感は別にないよ」
「ほんまの時は?」

目だけで笑って問いかけると、はつんと少し唇を尖らせた。 それから自分の指先を小さく動かしながら目を逸らす。
(可愛えなあ)

「確かにちょっと、怖い時はあるかなあ…別に白石くんが怖いわけじゃないけど」
「へえ」
「う…ねえ、何で私たち日中のカフェでこんな事話してんのかな」
「男は一般に寂寞を感じるらしいけど、確かに俺も感じるで」

カラン、と音を立ててアイスコーヒーの氷が崩れた。
「私の話聞いてるかな!」とがちょっと頬を染めるのを見てむくむくと加虐心が湧いてくる。
(ここが部屋やったらもっと色々出来るんやけどなあ、惜しいわ)

「満たされてへん証拠なんかな」
「それは私に対する不満かな」
「逆や。貪欲にを求めとるだけ」
「…なんだかなあ」
「恐怖も寂寞も不安、て事やろ。俺ら、結局は他人やからな」

自分で言っておいて勝手に感傷に浸る癖が自分にはあるかもしれない (それだけ彼女に溺れているという事なのかもしれないけれど)。
そんな俺にも少し困った顔をして、それから 「でも他人じゃなかったら出会えてないし、気持ちいい事も出来なかったよ」と呟いた。

「それもそうやな」
「そうだよ」

へらっ、と可愛く彼女が笑うので、釣られて俺も笑顔になった。

例えば彼女が悪魔だったら、俺は既に魂を売り渡していたことだろう。 けれどお互い、同じ人間違う個体として生まれてきて良かったと本当に思う。
(遥か昔、人間は4つの手足を持つ二人で一つの個体だったという話を出したら、 きっと彼女はまたくさい顔をして「哲学だなあ」なんて言うのだろう)

でも最後には必ず、は笑ってくれるのだった。


天使の羽を持つ悪魔の微笑み


紫の上のカップルと同じカップルでした。
このカップルの白石は博識で若干不安定で哲学とエロスを絡めてきます。
白石にそういう話をさせるのが好きっちゅう話ですわ。