放課後の部活、俺はちょっと(どころか結構)カリカリしていたのかもしれない。
部員達の(関わらないでおこう)という雰囲気がひしひしと伝わってきて心の中で自嘲した。 そんな中、謙也だけが俺を気にしているようで。 結果地雷をわざわざ自分で踏みに来た。 「なあ白石、と何かあったんか、」 きっと自分が引き金になったんじゃないかと気にしているんだろうが、 どうしてその事を自分が知っているのかというのを考えてみたりはしないのだろうか。 「別に。と俺の事は謙也には関係あらへん事やろ」 「そ、やけど…」 「なんや、またから何や相談でもされたんか?ほんま、仲ええことで」 「何をそんなにムキになっとんねん。調子おかしいでお前」 「ほっといてんか!」 思いのほか大きなその怒声は、コート中に響き渡った。 何だ何だと、傍観していた部員たちの視線を集めた俺達の間には気まずい空気が流れて。 その事にまた苛立って俺はその場を後にした。 ぽつんと立ち尽くす謙也と、今日最後に見た彼女が重なる。 (ほんま、何をムキになっとんのやろ俺は) こんなん、俺らしくもない。 部活が終わってからの部室の空気も大層悪かった。 小春やユウジが懸命に場を和ませてくれようとしていたけれど俺は少しも笑えなかった。 部長自らがこんな態度ではいけないと自分に何度も言い聞かせてみたけれど、 結局自分も身勝手な人間だったんだと思い知るだけで。 「お疲れさん」と早々に部室を後にすると、めげずに謙也が追いかけてきた。 「白石!」 「…お前ほんまに懲りんな」 「いや、俺が変な態度とっとるからアカンのやんな。はっきりさせといた方がええと思て、」 このひたむきさがこいつのいい所であるとは認める。 けれど時にそれが人を苛立たせるのだと知ってもらいたい。 「も俺も、別に白石に隠し事しとるわけやないねん。陰口言うてるわけでもあらへん。 教科書は勝手して悪かったわ。あん時は時間ないて焦っとって、俺の机ぐちゃぐちゃやったし」 「隠し事の事も教科書の事は別に謙也には怒ってへん」 俺が苛立ってんのは、自分自身に対してだ。 (こんなの完璧な俺でもなんでもない) 確かにきっかけは、彼女の隠し事とそれに謙也が関わっているという事だった。 心が狭いと思われても構わないが、俺はその事が悔しかった。 彼女にとって俺という存在はある部分において他人よりも劣っている証拠だったのだ。 「怒ってへんのにそんなんなっとるんおかしいやろ」 「せやから…」 「はお前が好きやからそのために俺に色々」 「お前の口からそういう言葉が出てくる事自体が気に食わへんて何でわからんのや!」 本日何度目であろうか、人の驚いて硬直する様を見るのは。 ひどく動揺する謙也に「すまん」と声を掛けて俺は昇降口へ急いだ。 (どうしたら、このモヤモヤは晴れるのだろうか) そればかり(自分の事ばかり)考えていた。 早く帰って眠りについてしまいたい、その一心で向かった昇降口に居たのは今はあまりあいたくないと思っていただった。 俺の姿を見つけて一瞬怯えた顔をして、それから精一杯笑ってみせる。 何だか彼女は謙也と似ているところがあるかもしれない、そんな事を考えてはまた自嘲する。 「なんや、まだ帰ってへんかったんか」 「あ、うん、何や気まずいまんま嫌、やったし…迷惑やった?」 「別に」 一々、荒っぽくなる動作を極力堪えようと頑張るのだけれど、 ロッカーを閉めた音はやはりいつもより大きかった。 びくりと傍にいた彼女が身じろぎ、すっとその場を去ろうとした俺の後ろをついてくる。 「そんなびびらんといてな。いつもみたく隣歩いたらええやん」 「別にびびって、へん」 ぎゅうと握られたその手が若干震えているのを見て、俺は笑った。 それから、心にも無い事が気がつけば口をついて出ていた。 「自分、ほんまは優しい謙也の隣歩きたいんちゃうんか」 その言葉に、彼女はぴたりと立ち止まって俺を見上げて。 口を開いて、それから閉じて。 俯いた。 途端、ぱた、とアスファルトを湿らせた彼女の涙を見て、自分が何を言ったか気付く。 「私、白石くん、のっ、隣がええ…、」 「、」 「ごめん、私、バカやから…っ、白石くんが何でそんなに怒っとるかあんまり、わからんくって、」 (正直なところ) 自分でもなんでこんなに腹が立つのかとか、あんまりわかっていない節がある。 ただ、謙也の彼女をよくわかっているような口ぶりだとか、 彼女が謙也を選んだことに対する苛立ちだとか? でもそれは、彼女を泣かせてまで表に出すべきものじゃないはずだと分かってた、はずだった。 「白石くん、もてるし格好ええし、何でも出来てまう人やから、 なんで私なんか選んでくれたんかてたまに不安で、そんで、私、 白石くんが喜んでくれることとかも、いっぱいしたいんやけどあんまりわからんで、 謙也くんやったら、わかるんかなて、それで」 (アホやな) ぐすぐすと泣くをぎゅうと抱きしめて空を仰いだ(ほんまアホや)。 「そんなん俺に聞きや。なんぼでも言うたる。の何処が好きやとか、 俺がしてもらって嬉しい事もな?なんで俺に聞きひんの。謙也のドアホに俺の事わかるわけないやろ」 「やって、何やそういうの本人に聞くとか鬱陶しいやんか、」 「俺は聞いて欲しい。が俺の事で必死になってくれとんの感じたい。 ええか?それがにしてもろて嬉しい事の一つや」 (巡り巡って結局こうなる事くらい、想像出来たはずやのにな) ぽんぽんと彼女の背中をたたくと、おずおずと両手が俺の背中に回った。 (こういうところも好きや) 自分に自信がないところも好きやし、泣き虫なところも好き。 (要は全部君だから好きなんだと、どんな風に伝えたらいいのか) 「のせいで謙也と喧嘩してもうた。いや、一方的に俺が怒っただけやなあれは」 「ほんま?悪い事した…後でメールであやまっとく」 「俺が謝るからは謙也とメールしたらあかん」 「なんで?」 「俺、嫉妬深いねん」 「意外や。謙也くん、白石くんは物事にあんまり動じん人や言うてたもん」 「ほら、謙也は俺の事わかってへんやろ?」 「あはは、じゃあ私、謙也くんより一歩リードや」 「何を競ってんねん」 照れたように笑う彼女の額にちゅと唇を寄せて、それから涙の跡に、頬に、最後に唇に。 「帰るか」 「ん」 指を絡めて歩きながら、明日みんなに謝ろうと思った。 |