授業合間の短い休み時間、次の教科の準備をしようと机の中から該当の教科書を引っ張り出すと、 はらりと何かが床に落ちた。
後ろの席の謙也が、「白石何や落ちたでー」とそれを拾い上げる。 しかし「おおきに」と受け取ろうと伸ばした手は宙を掴んだ。

「…どないしてん」
「あ、いや、」

俺が落とした紙切れを眺めた謙也は、それを俺に渡そうとはせず戸惑っている。
(俺、そんな人に見せて引かれるようなもん持ってきとる覚えないけどなあ) と考えて「はよ返し」とちょっと凄むと謙也は引き攣った笑顔を作った。

「よう考えたらこれ俺が落としたヤツやったわ」
「は?いや、今俺の教科書から落ちたやろ」
「ちょお待って、そや、その教科書自体俺のやったかも、見してんか」
「…はあ?」

謙也が身を乗り出して俺の手の中にあった教科書を掴む。
が、

「俺から奪えると思いなや」
「げ」

掴まれた教科書をガッと引いて謙也がずっこけた隙に、謙也の手の中にあった紙切れを奪い取る。
カサ、と音を立てるその紙を覗き込んでみれば、『ありがとう!また相談のってな〜、 今度謙也くんの話もきく!』とメモが書いてあった。
(これは、確かに謙也宛だ)

「なんや、ほんまに謙也のやな。せやけど何でお前そんなに焦っとんねん」
「あ、いや別に」

ほれ、と紙切れを謙也に返してやる。
しかしぎこちない謙也の態度に、一応教科書を確認してみると表紙の裏ページには小さく自分の名前が書いてった。

「何やようわからんけど教科書は俺のみたいやで」
「そ、そか。ほんなら、ええわ…うん」
「…謙也ぁ、何か隠してるやろ」
「は?あ、いや」
「……まあええけど、そのメモからやんな」
「せ、せやな」
「謙也、とそない仲良かったんか。何の相談されたんかなあ?」
「いや、別にそんな」
「嘘吐いてもええことあらへんで」

表面だけ満面の笑みで攻め立てると、謙也は顔を真っ青にして口をもごもごさせた。
あと少し、というところで教科担任が教室に入ってきたので俺はほっと胸をなでおろす謙也を一瞥して前を向いた。

(なんや、釈然とせん)

のやつ、俺に相談せんと謙也には相談するっちゅうんか(気に食わん)。
イライラと教科書のページを捲ると、自分の字ではないメモが小さな字で書いてあるのを見つけた。
の字や)
そこには「ここの答え、7やったよ!」と書いてあった。

それで、何となく想像がついた。
(謙也の奴、俺の知らんうちに教科書に貸したな)
そしても、俺の教科書と知らずに謙也に借りたのだろう。 それでお礼のメモと一緒に謙也に教科書を返して、謙也はそのメモに気付かず俺の机に教科書を戻した。
(謙也があせっとったんはメモの内容やろなあ…) ついでに、教科書にもそういった類のメモ書きがされていないか不安になったんだろう。

にしても、謙也もも詰めが甘い(俺に隠し事できると思うなよ)。




再び訪れた休み時間、後ろを振り返ると謙也はびくりと肩を揺らした。 大方俺にまた責められると踏んだのだろう。
そんな謙也を見て小さく笑いながら俺は立ち上がった。 拍子抜けといった感じで謙也が「白石?」と俺の名前を呼んだけれど、 その返事はせずに真っ直ぐにの教室に向かったのだった。



彼女の教室は人はまばらで、移動教室だったのだろうぞろぞろと生徒が帰ってくる途中だったようだ。
廊下の窓側に背を預けてが通るのを待っていると、友達と楽しそうに笑いながらおしゃべりをしている彼女がやってきた。 ふと顔を上げた瞬間に目が合い、彼女は一瞬固まった。
俺が隣に居た友達に目配せをすると、その子は「、うち先入っとるな〜」と教室へ消えていった。

「休み時間に教室来るの珍しいね、どないしたん?」
「来たらアカン?」
「んーん、別にそんな事あらへんけど」
「ほなら良かった」

目をぱちぱちさせる彼女の頬を、 右手でそっとさすると持ち物で両手の塞がっている彼女は小さく身を捩って抵抗した。

「ええ、ほんま何?ここ廊下やけど」
「廊下やね」
「白石くん?」
「アカンなあ。今な、むしょうにキスしたいし押し倒したいわ」
「へ?いや、何言うてんの白石くんらしないよ」
が俺のもんやて確認さして」

身を屈めて首を少し傾けると、は「うわあ」とぎゅっと目を瞑った (廊下やって言っておきながら逃げんとこはかいらしなあ)。
その様子を見て、「冗談や」と笑うと彼女は目を開けて真っ赤になりながら泣きそうに顔を歪ませた。

「も〜〜〜〜意味わからん!」
「俺も意味わからんことがあるんやけどな」
「え、なに?」
「謙也に相談しとる事、俺や頼りなかったん?」

言葉の意味を理解するのに多少時間がかかったのか(そりゃあ、彼女は俺がそんな事知っている訳がないと思っているわけだから?)、 再び彼女は目をぱちぱちとさせ、それから「あ」と小さく声を漏らした。

「謙也くん言ってもうたん!?ばかあーーー内緒やって言うたのに…もーさいあくや」
「ようわからんけど、謙也の名誉のために一応言うとな、のメモが俺の教科書に挟まっとってわかっただけやで」
「え、なんで!?」
「今日謙也から教科書借りたんやろ?あれ、俺のやってん」
「ええーーーー」
「間抜けやなあ。で、謙也に何言うてたん。その様子やと俺の事っぽいなあ?」
「うあ、墓穴ほった…もうほんま嫌やあ」

手に持っていた教科書で顔を隠すを穴が開くほど見つめてやった。 教科書越しでもその視線が感じられるのか、ひょこっと目だけを出したは「言われへん」 と俺を上目遣いで見てきたのだった。

(不覚やったな)
自分がこんな些細な事で傷つくなんて思ってもみなかった。
(他の人には言えて、自分にだけは言えない事)
いい事であれ悪い事であれ、すべてを知っていたい人に隠し事をされるという事は悲しい。

「ほんなら、もうええわ」

ちょっと、冷たい声色だったのかもしれない。
彼女が怯えたような視線を送ってきたので、俺はまた勝手に傷ついて。
立ち尽くす彼女を残して自分の教室に戻ったのだった。


プッシー・フット