「うまそうに食べるなあ」

DVDでも借りて家で一緒にのんびりしようと誘ってくれた白石くんの家で、 少し遅めのお昼ご飯を食べている時だった。
白石くんがフォークでくるくるとパスタを巻き取ったまま、じっと私を見てそんな事を言った。

「おいしいもん」
「さよか。良かったわ」

目の前のおそろいのお皿に盛り付けてあるのは、手際よくささっと白石くんが作ってくれた冷製パスタ。 さすが健康おたくというか、食事にも気を使う彼の料理は味付けもしつこくなく女の子好みのメニューばかり。
そんな彼の作ったごはんが大好きで、レンタルショップで「昼飯どうする?」 と聞かれて「白石くんのパスタ食べたい」と言うと彼は「安上がりやなあ」と笑った。

なんとなく視線が噛み合ったまま、次の一口に移れずにいると白石くんは巻き取ってあった自分のフォークのパスタを、 おもむろに私の口許に運んできた。
少しだけ身を乗り出してそれをパクリと口の中に落としてやると、白石くんは目を細めて笑った。

「やっぱ、ええな」
「なにが?」
の食事風景」
「なんで」
「何やエッチ」

その一言に、私は再開させていたパスタを巻き取る作業をピタリと止めた。

「なにそれ、ちょっと、急に食べ辛くなったよもう!」
「気にせんとはよお食べ」
「やだ、何かやな感じ」
「ふふ」
「白石くんも食べなよ」
「あんまりお腹すいてへんのよね、俺」

確かに私がもりもりとパスタを口に運ぶ間、彼のそれはほとんど減りを見せなかった。
(もしかして最初からずーっと私の事見てたのかな)なんて考えて少し恥ずかしくなる。 いや、恥ずかしがる必要がどこにあるのかといわれると全く無い。
私は普通に食事をしているだけだ。

白石くんはゆっくりとした所作で綺麗にパスタをフォークに絡めとった (ああ、そういう動作はすこしだけ艶があるかもしれない)。
それをまた、私の口許に運んでくる。

「あーん」
「もう、いいって」
「俺の作る飯、まずい?」
「おいしいよ!」
「ほなら、あーん」

唇に、ちょんとフォークの端が当たる。
有無を言わさないその態度に、私は根負けして口を開いた。
舌の上につるりと落ちてくるそれをゆっくりと咀嚼して、飲み込む。
その様子をまた目を細めながら白石くんはじいっと見ていた。 それから、「三大欲求ってあるやろ?」とそんな事を言い出す。

「食欲、性欲、睡眠欲。この3つのうち、食欲と性欲は似てるんやで」
「…ふうん」
「性欲中枢と食欲中枢ってな、隣接しとんねん。胎内では一つやったんちゃうかって言われとってな。 エッチな気分になると唾液が出るのは性欲の高まりに食欲が刺激されてるんやって」
「博学だねえ」

そんな知識を持っているから変に意識してしまうのだろうか。
食事風景と性欲を絡めてしまうなんて、私には理解できない事だった。
(いや、ね、口許とか指先がえっちだなっていうのは何となくわかるけども)

「うん。せやから早くこれ食べて、気持ちええことしよか」
「は?」
「ちなみにな、飯食うた後のえっちも気持ちええんやで?満腹感が性欲中枢に伝わるんやって」

そういって白石くんはまたくるくると自分の皿の上のパスタを巻き取って私の口許に運んできた。
いったいどれだけ私を満腹にさせたら気がすむのだろうこの人は。



にこにこと微笑むその顔を見ながら私は唾を飲み込んで、それからパスタを口に含んだのだった。


紫の上
(結局は彼の思い通り)