朝、ガラリと扉を開けて教室に入ってきた友達に「おはよう」と挨拶して二言目に、 昨日からそわそわとしている内容を問いかける。

「ねえ、白石くんに言うてくれた?」
「は?何を?」
「ええ、やっぱり忘れとった、やから例の、」

そこまで言うと思い出したのか、「ああ!」と友達は楽しそうな顔になる。 ああ、その顔なら大丈夫だったのかなとほっとしたのも束の間、 「ごめん、忘れとった」という言葉が続いて「ええー!」と私は落胆する。
すると、友達は教室を見渡した(きっと白石くんの姿を探したんだ)。 それを見て「白石くんならまだ来てないよ」と言った次の瞬間教室の扉が開く。

(噂をすれば、何とやらっていうけど)
タイミング、良すぎ。

友達もそれにすぐさま気付いて「白石ぃーっ!」っと大声を上げた。 教室でおのおの好きな事をしていたクラスメイトがその声にびっくりして振り返る。
(ああ、止めてはずかしい!)

「朝から元気やねえ」
「元気だけがとりえですからねえ、ところで」

友達が私を振り返って、それに釣られて白石くんも私を見る。
綺麗な顔で、綺麗な瞳で、私を見てニコッと笑う(うう、格好いい!)。

「この子、あんたに用があるって」
「ええーーーー、なんでわざわざ私に振るん!?!?」
「いや、本人おるのにうちが伝言すんのおかしいやん?」
「せやかって、私言うの無理やから頼んだのに、」

(白石くんに声かけるとか絶対ムリ、格好よすぎて言葉出てこーへん)

「あんたねえ、一言やんか。ほいっと言ったれ」
「むり、むりむり」
「なあ、何の話?」

白石くんがニコニコと私を見てくる。
居た堪れなさ過ぎて私は両手で顔を覆った(そんな爽やかにこっち見んといて!)。
そんな私の態度に呆れた友達が、「しゃあないなあもう」とため息をつく。

「あんな、」
「あっ、やっぱいい、言わんでいい、何でもない、白石くん、ごめんね、何でもないねん! おはよう、ははは、ありがとう!」
「ちょお、あんた何言ってんわけわからんなあ」
「ええ、何やえらい煮えきらんし気になるんやけど…」
「ううん、ほんと、おはようおはよう!」

まるで用事は「おはよう」と言うためですばりに「おはよう」を繰り返すと、 白石くんが「おもろいなあ」と言って笑い「おはようおはよう」と繰り返して去っていった。
ふう、何とか乗り切ったと心の中で思っていると「全然乗り切ってへんで」 と心の中を見透かしたようなツッコミが隣から飛んでくる。

「あれ、逆に誤解したんちゃう?」
「何を?」
「あんたが白石に告白するみたいな感じやったで」
「は!?なんで!?」
「ああ…やっぱわかってへんかった…」

「え!?は!?」と焦る私の肩を、友達がぽんぽんと叩く。
彼女はそれ以上何も言わず前の席に腰をおろして本を読み始めた (どうやら付き合ってられへんっていう事らしい)。 私はただ呆然と立ち尽くし、心にも背中にも嫌な汗をかいた。

本当に伝えなければならなかった事は、 『今日の昼休み、理科室で5限目のための準備がある』という事だ。 昨日の放課後、職員室で生物の先生に白石くん(生物の教科担当)に伝えといてくれと伝言を頼まれ、 メアドも知らないし話しさえあまりしない私がどうやって伝えればいいんだと考えた結果、 白石くんと仲のいい友達にさらに伝言を頼んだ。
伝えるなら早い方がいいだろうと思って頼んだのに、頼りの友達はすっかり忘れてしまっていたというわけで。

うん、本当に一言「今日の昼休み理科室やって」と言えばよかったんだけれど。
(友達が「この子あんたに用がある」とか変な前フリしてよこすからいけないんだ!)
なんか、重要な事を言わなきゃいけない気になるじゃないか。


(まあ、私が白石くんのかわりに理科室に行けばいいや)
そう思って私はこの件を片付ける事にした。




の、だけれど。

「あ、居った居った」

先生から指示を仰いで、言われたとおりに昼休み理科室で準備をしていると扉がガララと音を立て、 入ってきたのは白石くんだった。 瞬間、手に持っていたプリントをばさばさーっと床に散らばらせて私は固まった。

「ええー!今のそんな驚くとこやった?さんオーバーリアクションやなあ」

けらけらと笑いながら白石くんは私に近寄ってきて、 それからしゃがんで私がばらまいたプリントを拾ってくれた。 その姿を見て私も急いでしゃがみこむ。

「ごっ、ごめん、」
「ええよ、元々俺の仕事やったんやろ?」
「うぇっ、どうしてそれを」
「いや、さっき職員室行ったらな、お前女の子に仕事押し付けんなて怒られてんか。 何の話やと思ったわ」
「うわあ、ごめんなさい、ほんっとごめんなさい」
「謝りすぎ!」

こつん、と白石くんの手が私の頭をたたく。
その瞬間、トキメキメーターが限界を振り切って私はまた集めていたプリントのたばを床にばらまいた。

「ほんま、おもろいねえ。癖になりそうや」

(何が?)と私は思いながら、「ごめん、も〜〜〜!」 と極限まで焦りながらせかせかとプリントをかき集めたのだった。


You-know-what
(例のアレ)


この日以来、白石くんがよく絡んできます(困っています)。