部活の自主練で結構遅くまで残ってたら、雨が降ってきた。 (あーあ、早く帰ればよかった)なんて思いながら昇降口に向かって、外履きに履き替えてから空を見上げる。
そんなに激しい雨じゃなかった。
(それに、降るかもしれないから持って行きなさいってお母さんに言われて今日は折りたたみを持ってる)

傘をさすかささないか迷いながらぽつぽつと降ってくる雨音を聞いていると、 背中の方で誰かが下駄箱を開けて、靴を履き替えてそして内履きを仕舞う音がした。

「あれ、さんどないしてん。珍しいなこない時間におるの」

誰か、なんてさして興味のない事だった。
知らない人の確立の方が高いと思っていたし、すっと私の横を通り過ぎて行くだろうと思って油断してた。 そしたら声の主は同じクラスの白石くんで、私は面食らった。
(その顔を見て白石くんが「びっくりしすぎや」と笑った)

「自主練してて遅くなってん。したら雨やから、」

「傘をさすかささないか迷って」と言おうとしてその言葉を飲み込んだ。
状況を察した白石くんが、(勘違いだけれど)「傘無いんやったら送ってくで」と言ってきた。 うん、彼ならそう言うと思った。

「ほんま?」
「ん。明日噂になるかもしれんけど」
「暗くて誰だかわからんて」
「まあ確かにな」

大きめの傘を、白石くんは私寄りにさしてくれた。
パラパラと傘に雨がぶつかる音が響いてくる。

「家どっち?」「こっち」「ああ、同じ方向や」「良かった」、と事務的な会話をしながら、 私は白石くんの横顔を盗み見る。
格好よくて、優しくて、(みんなに平等に接する人だ)。

(もし、校門で雨を眺めていたのが私じゃなかったとしても、彼はこの傘の中にその子をいれるだろう)

さん、今何考えとる?」
「んん?ん〜晩御飯の事とか?」
「自分色気無いなあ」
「あるで(じゃなかったら、傘を持っていないフリなんてしていない)」
「ふうん」
「そういう白石くんは何考えとったん」
「勿論さんの事やろ」

「ほら、今えらい近いし」と言う白石くんの手が、私の手の甲にぶつかる。

「白石くんはほんまプレイボーイやなあ」
「心外やな」
「そんな事言われておちひん女の子おらんと思う」

何だか急に卑怯な事をしている自分がバカらしくなって、私は鞄から折りたたみ傘を取り出して、 白石くんの目の前でそれを広げた。

「ありがとう、もう大丈夫」
「ええ、自分傘持ってるやん」
「持ってないとは言わんかった」
「ははあ、してやられたわ」

白石くんは笑って立ち止まった。
その姿を目に焼き付けてから、私は「じゃあまた明日」と言って歩き出した。
けれど、声をかけられてまた立ち止まった。

「なあ」
「なに?」
「あんな、もう雨降ってへんで」

え、と思って傘の外に手を翳してみる。確かに何も感じない。 ぽつぽつという雨の音も、いつの間にか去っていってしまっていた。

「…ほんまや」
「せやろ?」
「早く言ってや」
「もうちょっと近くにおりたかってん。さんもぼうっとしてるみたいやったし、でも降ってへんのに無いはずの傘取り出したさんは傑作やった」

(何や、私滑稽すぎへんか)

「それくらい、俺の事意識してくれてたんかなあって?」

その言葉があまりに真実すぎて私は傘をさしたままターンして走り出した。
(アホらし、)
やっぱり嘘はよくないなあと思う。おかげで何だか余計な恥をかいてしまった。

白石くんの顔が明日からまともに見れそうにないなあと思っていたら後ろからパシッと手首をつかまれてびっくりする。

「ちょお待ちいや、茶化したんやなくて嬉しかっただけやて」
「…はあ、何や白石くんようわからんね」
「ほなら俺について語ったるから傘ん中いれてや」

「どうぞ」としぶしぶ傘の中にスペースを作ってあげると「おおきに」と白石くんは微笑んだ。
雨も降っていないのに狭い傘の中にわざわざ納まる私たちは、滑稽だったに違いない。


まぁそう急ぎなや