オサムちゃんに用事があって職員室に行ったら、担任に捕まって「に渡しておいてくれ」と一冊のノートを渡された。
それは密かに特別な想いを寄せているクラスメイトの数学のノートで、
「いいですよ」と平静を装ってそれを受取ったけれど内心(話しかけるチャンスゲットや)と嬉しくなった。 いけないと思いつつも好奇心に負けて、廊下を歩きながらペラとノートをめくってみる。 女の子らしい文字が羅列されていて、ところどころにCHECKと赤字でメモ書きがされている。 それはわかりやすいノートの取り方で、なるほど彼女の頭の良さがうかがえた。 しかしながら、ノートの隅にはかわいらしい猫やうさぎが落書きされており(そのまま提出したのか)、 茶目っけもあるのだなあと思わず微笑んだ。 教室に戻ると都合のいい事に彼女は一人で机に向かっていた。 後ろ姿からは何をやっているのかはわからないが、なにやら必死に手を動かしている。 「さん」と声をかけながら正面に回り込んで思わず率直な感想を述べてしまった。 「うわ、自分机きったないなあどないしてん」 「わ、びっくりした」 何をやっていたのかと思ったら机の落書きを消しゴムで消しているところで、 よほど熱心になっていたのだろう(名前を呼んだのも気付かなかったようだ) 彼女は驚いて顔をあげた。 にしても、キレイなノートを取っている人とは思えないほど机には激しく落書きがされており、 その多くはマジックペンでかかれていた(はたから見ると、いじめである)。 「ねー、汚いよねー。テスト近いからちょっとずつ消さないとと思って」 「さんが書いたん?」 「ううん違うよ、友達。休み時間の度に一個ずつくらい増えていって、 消すの勿体ないから残してたらこうなっちゃった」 「優柔不断やなあ」 「あはは、そうかも。でもほら見てここ。大好きって書いてあるの。嬉しくて」 そう言って彼女は細い指で愛おしそうに机の上の文字をなぞった。 (うらやましい)、とさんの友達に小さく嫉妬する。 「にしてもマジックけっこう頑張らないと消えないから、今度からセロテープに書いてもらうことにしたんだ」 彼女は机の中から持ち運び用の小さいセロテープを出してみせた。 なるほどセロテープにならマジックで書かれても、 消しゴムを使って尽力せずとも張り剥がしらくらくということか。 「おお、学習しとる」 「考えたでしょ」 「せや、折角やから記念に俺も書いていってええ?セロテープ」 「おお、それは期待」 「えっと、ペンがねー」と筆箱をあさる彼女が取り出したのはピンク色のマジックペンだった。 「白石くんのイメージ」と言って笑う彼女に胸がきゅんとする。 謙也に『お前なんやピンクいオーラ出とる』と言われて(どないやねん) 腹が立った事があったが、今日からは正式にイメージカラーがピンクになってもいいくらいだ。 彼女が消しゴムをかける横で、セロテープをピッと数センチ切り取り彼女の机にぺたりと貼った。 その場にしゃがみ込んで机に目線をあわせ、反対側から文字をかいていく。 『さん、』と書いたところで彼女が俺の手元を見て、 「わざわざ逆から書かなくても」といって笑った。 (さん、大好き) いびつな字でかかれたセロテープを見て、彼女は「おお、レア!」と言って喜んだ。 果たしてそれがどんな意味合いで伝わっているのかはわからないが、 「セロテープでよかった。とっておける」とほほ笑む彼女の顔を見たら心が満たされるおもいだった。 あやうく本来の目的を忘れるところだった、 と数学のノートを渡して席に戻ると彼女はまた必死に手を動かし始めた。 (ガタガタと机を揺らしている後ろ姿に、俺は小さく笑った) |