夏休み、昼時に部活が終わったという白石くんに誘われて 15時頃、大量の課題とおやつを抱えてお宅訪問した。 聞けば100%、わからない問題は解決していく。どうして彼はそんなに頭がいいのだろうか。 少しでいいからその脳細胞を移植してもらいたい。
テキストとにらめっこするのに飽きてきた頃、シャーペンを机に転がして 窓から沈みそうな太陽を眺めた。 それから壁にかけてある時計を眺めると、もう18時になるところだった。

「夏ってやだなあ」
「どうして?」

相変わらず、白石くんの視線はテキストに注がれていた。 声だけが私に絡み付いてくる、勉強熱心なことだ。

「だって、まだ明るいと思って油断してるといつの間にか夜だよ」
「夏は陽が長いからなあ。おかげで夏休みも遅くまでコートに立てる」
「白石くんは『部活』と『勉強』に追われて生きてるね」
「清く正しく美しい学生の本分や」
「学生時代にしかない自由という名の青春の輝きが見えてないよ」
「何や、絡むなあ。かまって欲しいん?」
「んーん」
「餌撒いといてそっけないなあ。ちょっとその気になってもうたやんか」
「白石くんは他人を屈服させたい願望が強いよね」
「人聞き悪い事言わんといて」

さっきから白石くんの指はすらすらと綺麗な文字をかいていく。 どんなに会話をこなしていてもその動きが止まる事はない。

「夏って暑いし、でもクーラーつけると寒い時もあるし、でも消すと暑いし」
「温度調節へたやなあ」
「夕立は急にやってくるし、夏休みはあっという間に終わっちゃう」
「そやね。テニスして課題やっとると、いつの間にか学校始まるわ」
「やっぱり『部活』と『勉強』じゃん」
「その中に『彼女』も入っとるけど」
「私は入ってるつもりないけど」

ふと、カリカリという音が止んだ。 窓の外に向けていた視線を白石くんの方に持っていくと、 彼は少し不満そうな表情を浮かべていた。
その顔を見て、もしかしたら自分も不満なのかもしれないと思い当たった。

「俺は、俺の持てる範囲でしかを愛せへん」

その言葉の持つ意味、とか。その言葉を搾り出した白石くんの気持ち、とか。
そんな事をうつろに考えて何だか切ない気持ちになった。

「…うん、わかってるよ。私は、テニスが大好きで勉強だってちゃんとこなす白石くんが 好きになったんだから。ごめん。無神経だった」
「…かなわんわ。大体、課題持ち込んだん自分やんか。 半日部活頑張ってきた俺へのご褒美としては酷すぎると思ったんやけど」
「もしかして怒ってたの?」
「ちょっとな」
「早く言ってよ」
「今言うた」
「白石くん、わかりにくいんだもん」

自分のテキストを閉じて、ついでに向こう側の白石くんのテキストも閉じてやった。 そしたら、何となく張り詰めていた空気がゆるんだ気がする。

「夏っていいね。まだ明るいから散歩できるよ」
「自分、調子ええなあ」
「だって」
「それよりええ事したいんやけど」

結局は心のどこかで、こういう展開になる事を期待していたのかもしれない。
大体、そういう事を言い出すんだろうなと思って課題を抱えてここまできたのだ。 それによってもたらされたのは、3時間という退屈な時間と 彼の脳内でシミュレートされたであろう本日の甘い時間の計画だけであった。


ナンセンスの天秤は傾く