彼がその言葉をここぞと言う時に使うようになったのは、いつからだろうか。 もう思い出せないくらい前なのかもしれない。
付き合いだしてからは毎日のように聞いている、と言っても過言ではないかもしれない。 だからきっと、恋人になる以前も言っていたのだと思う。まるで、口癖のように。





「んん、ぁ、ねえ、」
「んー?」

カーテンを閉め切った部室の、蛍光灯の下で私たちは淫らな行為を始めようとしていた。 正確に言うと『私たち』ではない、白石くんが、だけれど。 巻き込まれている私も当然、周囲からしてみれば共犯者なので同罪だ。
どうしてこんな事になったのだろうか、彼が部誌をつけ終わるまでまって一緒に帰ろうと思っていた だけなのに。 制服の裾から入り込んだ彼の指先が下腹部を往復するように這い回って息が詰まる。 ストップをかけようと彼の腕を掴んだ私の手は、ただ縋るように添えられただけだった。
今だって言葉でストップを試みようと声を発したら、 抗議の匂いをかぎつけたのか白石くんはべろっと私に唇を舐め上げてきて、 私の言葉をさえぎった。

「ふ、う、」

精一杯の力で彼の両頬を掴んで顔を背けると、しれっと今度は首筋に吸い付いてくる。
だけどしばらく唇は自由だ。

「っちょっと、たんま!」
「…何やの、さっきから」
「何やの、じゃなくて、ここ部室、」
「そうやね」
「帰ろうよ、誰か忘れ物取りにくるかも」
「鍵しめらた入ってこれへん」
「そういう問題じゃなくって、倫理的にも、だって部室だし」
「俺に抱かれるの、嫌なん?」

(出た)
絶対言うと思った。彼はみんなからテニスのバイブルと呼ばれ、私生活でも 完璧を演じる男だけれどそんな事は無い。
実際とてもわがままだ。自分の思い通りにならない物事はゴリ押ししようとする。
(そもそも、完璧な男が皆が毎日使う部室でこんな事するはずがない)
そして『嫌なん?』は彼のお得意の言葉だった。 それに乗せられた感情は様々だけれど、私がそう言われて断れないのを知っていて わざと発している言葉なのだ。

「嫌なんじゃ、なくて。時と場所を考えてって事!」
「…じゃあは、俺に前屈みのまま帰れ言うん」
「そっ、そういう事じゃなくて」
「なくて、何やの。そういう事やろ」
「ちょっと待って、誤魔化されないからね!何か私が悪者みたいになってきたけど、 部室でこんな事する白石くんの方が間違ってるんだからね!」
「恋人に欲情するのは間違ってへんやろ」
「だから…、」
「…もうええ。は俺の事が嫌なんやろ」

膝に抱え込まれていた私を立たせると、白石くんは不機嫌丸出しで鞄を抱えるとドアに向かって歩き出した。
その後ろ姿を見ていたら、これで良かったはずなのにやけに悲しくなって。 もっと求められたくて、もっと一緒にいたくて。
気付いたら、ドアノブに手をかけた彼の背中に抱きついていた。

「〜〜〜、よくない、嫌じゃないもん、っふ、ううっ、」
「ごめん、泣かんとって…意地悪し過ぎたな。が引き止めてくれる思って態と怒ったフリしただけや」
「うん、っ、」
は全然悪ないで、大丈夫。ごめんな」
「、今日だけなら、ここでもいいから、だから、」
「ええの?ほんま嬉しい…好きやで、、ありがとう」

欲しいものが手に入ったとき。物事が自分の思ったとおりに運んだ時。 嬉しいことがあった時。本当に安心したように微笑む白石くんの顔が好きだ。 今も、白石くんはそんな顔をしていた。
結局こうなってしまうのかと考えながら、ただただ白石くんに翻弄される。
(私だって白石くんが本気で怒ってない事くらい、わかってたんだからね)


Never lemme down(常に期待通りの人、物事)