「白石くんって気になる人、いる?」

聞き飽きた言葉だった。男女間ではよくある会話に思える。 いや、同姓同士でもよくある会話だろう。 (ただ俺は、異性から聞かれる事の方が多いような気がする。面倒くさい)
そのうんざりするほどベタベタな言葉に、一瞬俺は日誌を書く手を止めた。

「そのセリフを女の子が口にする時の思惑は、3パターン程あると思うんやけど」
「そうなの?」
「せや。友達に聞いて欲しいと頼まれたか、興味本位か、相手が好きだからか、大抵どれかやな」
「白石くん、よく聞かれてそうだもんね。ごめん、空気読めなくて」
「ええよ。答えるとしたら、おる。けどそれ以降は秘密。いつもそう答えてる」
「女の子は、秘密が好きだからね」

そういって彼女は何を考えているかわからないような顔で薄く笑った。
さんは、おるの?)
そういおうと思ったが、あえて言葉にしなかった(勇気が出なかった、という方が正しいかもしれない)。 何事もなかったように日誌を書く作業に戻ったが、彼女は会話が途切れた事に 別段何も感じないようだった。
ただ、ひとつ伸びをした。

「はい、後はさんの感想かいて終わり」
「うん、先生のとこには私が持ってくから部活行って大丈夫だよ。ありがとう」
「ほな、頼むな」
「うん」

彼女は日誌を受け取ると、筆箱からシャープペンを取り出した。 その動作を眺めた後、俺は立ち上がった。

「練習、頑張ってね」

教室から出ようとした時背中にふってきたその声に振り返ると、 彼女は小さく手を振っていた。
彼女は相変わらず俺の机で日誌を書こうとしていた。 彼女は前の席のクラスメートで、 さっきからずっとイスをこちら側に向けて座っていたから不自然ではないのだけれど、 なんとなくその姿が自分との放課後を名残惜しそうにしているように見えて俺は立ち止まった。

「…なあ、さんは3パターンのうち、どれやったん」
「うーん、じゃあ、全部」
「何やそれ」
「また明日」

その言葉によって教室から強制退去せざるを得なかった俺は、 彼女に小さく手をふって部室への道を淡々と歩いた。
(鬱陶しいと思っていたあのセリフだが、今までとひとつ違うところは、 そのセリフを発したのが彼女であるということだった)

「全部って事は、俺の事気になってるんやろうか」

その言葉は、長い廊下に消えていった。


祝福をくれ、これは幸福に繋がる道だ