「小腹が空いたなあ」

3時間目の授業が終わった後の短い休み時間に、隣の席の佐伯くんがぽつりとそう言った。

「飴ならあるけど食べる?」
「本当?」
「うん。私いつもおなか減ってるから常備なの」

ガサガサと机の横にかけてある鞄から飴を探していると、「さんは意外と食いしん坊だったんだなあ」なんて笑い声。 確かにそうなんだけれど、佐伯くんから言われると恥ずかしい (食い意地が張ってる女子とか、何かかわいくない!)。

でも、おなかが減りすぎてぐうぐうという音を佐伯くんに聞かせるよりは、 飴をなめて気を紛らわせるほうが余程いい。
食いしん坊は大変なのだ。

「えっとねー、バタースカッチと弾けるサイダーと、はちみつキャンディーといちごミルクと、 チェルシーのヨーグルト味と塩キャラメルとあっさり果物系の味とー、どれがいい?」
「うわ、すっごいレパートリーだね」
「そんなに引かないでよ、だって色んな味食べたいでしょ?」
「驚いただけだって。うーん、でもこんなにあると選べないなあ。さんのおススメは?」
「おススメかあ、はちみつかなあ?佐伯くん蜜っぽいし」
「っはは、どんな表現だよそれ」

両手いっぱいに持っていた飴の山の中から、佐伯くんは私おススメのはちみつキャンディーをつまんだ。 その後私も何か舐めたいなあと思ったんだけれど、両手に飴を持ったまましばし固まる。 鞄の中にザッと戻すのもいいんだけれど(いつもそうだし?)、 佐伯くんが見ている手前、それだと食いしん坊な上にガサツな女の子だと思われるかなあなんて考えたりして。
そんなどうでもいい事を考えていたら、隣からガリガリという音が聞こえてくる。

「うわあ、佐伯くん噛む派だったんだ」
「ん?何が?」
「飴」
「ああ、ほんとだ。ごめんほとんど無意識」
「うう、私その音聞くとぞわってする。小さくなってから噛むのはまだわかるんだけどね、 舐め始めてすぐって歯の方が折れちゃいそうじゃない?想像するだけで怖いよ〜」
「そうかなあ?俺はまだ歯が折れた事はないけど」
「だから、私の想像上」
「想像力もたくましいな」

(何だかどんどん変な印象を彼に与えている気がする、ぞ、と)
でも佐伯くんが笑ってるからま、いいか。なんて単純でもある私。
「うん、でもおいしかったはちみつ味」という佐伯くんに、「噛んで味わえたの?」 と突っ込みをいれると「手厳しいなあ」と佐伯くんはまた笑った。
それから私はまだ持ったままだった飴の山を佐伯くんに差し出した。

「佐伯くんにあげる。部活の後にでもみんなで食べてよ」
「え、いいの?」
「うん。家にまだストックがいっぱいあるから」
「じゃあありがたくいただきます」
「どうぞどうぞお納めください」

私の小さな両手から、佐伯くんの私より大きな両手へ。カラフルな飴の袋がばらばらと零れ落ちていく。
(何だかいま、むしょうに嬉しい)
「どこに仕舞っておこうかなあ」と言いながら結局鞄の小さいポケットに彼はそれを大事そうに仕舞いこんだ。 それから一瞬動きが止まって、何か考え込んでから私にひとつ、飴の袋を差し出した。

「食いしん坊さんにプレゼント」
「あはは、それ、私があげたやつじゃん」
「細かいことは気にしない」
「ありがとう」
「うん、俺のさんのイメージ」

ころんと掌にころがったのはいちごミルクで、「ええ、私いちごミルクって感じかなあ?」 とくすくす笑うと「うん、甘くてかわいらしい感じ」と佐伯くんが言った。

(ねえ、それって飴の話だよね?)
照れて変に墓穴を掘らないように、その問いは心の中だけにとどめておいた。
「ありがと」とだけ言って丁寧に包みを開けてそれを舐めると、 甘いそれが口の中に広がって(やっぱり聞いてみればよかったかな)なんて思ったりしたのだった。


Double or nothin'
(一か八か)


(彼は何と答えただろうか?)