自分が好きな人が、自分を好いてくれる確立のほんのわずかな事をよく知ってる。
だから、自惚れたり勘違いしたりしないようにずっとずっとがんばってきた。


三年間、黒羽君と同じクラスだった私は比較的テニス部の内情も知っていたりする。席替えを何度したって黒羽君とはいつも近い距離にいた。だから自然と仲良くなって、いまでは親友と言える仲だと思う。私達の間には恋心なんて無い、男も女も関係ないただの友達。
そんな黒羽君に、私がひっそりと佐伯君に憧れを抱いていた事を気づかれたのは二年生の終わりぐらいだったと思う。あの時黒羽君は、もっと早く言えよ!と大笑いして私の背中をばしばし叩いた。

それから、何となく佐伯君の事を話してくれたりお昼の時間に皆で一緒に食べようと誘ってくれたりした。
近くで見る佐伯君はやっぱり綺麗で優しくて、いつも笑顔で私に声をかけてくれた。

学校中の女の子がきっと佐伯君にあこがれてる。
中には私の友達みたいに、「佐伯君ってタイプじゃない」って女の子もいると思うけど。

でも、校内でたまに見かける佐伯君の周りにはいつも女の子がいて、いつも笑顔で優しい紳士。
だから一緒にご飯が食べられるようになったって、話をする機会が増えたって、佐伯君にとっては私は数多くいる世界中の女の子のうちの、たった一人。
それでも隣で笑ってられる事が私にとっては幸せだった。それ以上になりたいなんて望まない。
多分、ずっとあこがれの存在で居てほしいとも思っていた。

彼に対する思いがあまりに綺麗すぎて、夢を見ているみたいだったから。



そんなある日、いつもより部活が終わるのが遅くなって昇降口の人の波がひいていた放課後、ばったり会った佐伯君に「今帰り?一緒に帰らない?」なんて笑顔で声をかけられた。
あんまりびっくりして声が出なくなった。きっと凄い変な顔をしていたと思う。
振り絞って出した声がかすれていて、ちょっと恥ずかしくなった。

外はすっかり暗くなっていた。夏だったから寒くは無かったけど。

さんって好きな人とかいる?」
「え、な、何か唐突だね?」
「そう?」

街頭がともった並木道を、なぜか並んで歩いている。
それだけでも頭がおかしくなりそうだった。夢なのか現実なのか、そんな事もよくわからないふわふわした気持ち。だけどそんな私を一気に佐伯君の一言がリアルな世界に引き戻した。

「で、いるの?」
「そ、それは…うん…まあ……。さ、佐伯君はいないの?告白いっぱいされるでしょ?」
「そうだねえ。でも、好きな子からされないとそういうのって意味ないから」
「そう…だよね」

佐伯君の返事があまりにさっぱりしていてちょっと悲しくなった。
それぞれにとっては、心の中にたった一つのおもい。だけど、小指をたどって繋がっていない相手にとってはどうでもいい、他人のおもい。
改めてそれを思い知った気がした。

「気になる?俺の想い人。」
「えっ?それは、だって学校の王子様の好きな人だもん気になるよ。大スクープになるもんね」
「ははっ、なんだか大げさだなあ」
「ほんとだよー!」

佐伯君はその綺麗な顔に花を咲かせたみたいに笑った。
大勢の人の心を縛っている彼の心を、射止める人ってどんな人だろう。

「先にあやまっとくけど、」

ぼーっと考え込んでいると、いつの間にか真剣な顔をした佐伯君がこちらを見ていた。
なんだか嫌な予感がして、その先を聞きたくないと思った。

聞いてしまったら、私の淡い綺麗な恋が終わってしまう気がした。



「明日から君は大スクープになるみたい」



その言葉の意味がわからない程、私は野暮ではなかったけれど。
わざと、何も聞かなかったふりをした。


聞かなければ良かったね、
知らん振りしか出来ないのなら

夢のままでありたかった、幼い私の恋心