ムシャクシャしてたまらなかった。 何がなんて理由見当もつかない程、多分いろんなものに対して。 あえていうなら多分、満たされすぎていたという贅沢な悩みが原因だったのかもしれない。 つまらない日常とか、いい子すぎる殻を被って過ごす 刺激のない生活とか。 満たされてはいる、けど何か、つまんない。
とにかく突発的なもやもやに、耐え切れなくていらいらしてた。

部活が終わると乱暴に靴を履き替えて態と変に足の裏に力を混めながら、 帰路とは逆に歩き出した。 夕日を飲み込んだ後の海はひっそりと息を潜めていて、 なんだか使い物にならなくなった乾電池みたいなそんな 役に立たないものみたいな感じがした。
(今のわたしみたい)

外側だけはあるけど、中身はもう充電がきれている。 全く自分でそこに思考をもっていきながら、それに腹が立ってきた。 さらさらと不安定な足場を全速力で駆け抜けようとすると、 ローファーが砂に絡め取られてこけそうになった。 どろどろになったそれをキッと睨み付けて、 黒い海に向かって力いっぱい投げつけると、それはぽちゃんと たったそれだけの小さな小さな音をたてて 大きな口に飲み込まれていった。
かたっぽだけの靴はこんなにも魅力がないものだったのかと 自分の両足を見つめると今度はむなしさが込み上げてきて。 思わず蹲るとしたを向いた拍子に右の目から涙がじわりとしたたりおちた。

「どっか痛いの?」

いきなり声をかけられて、驚いた次の瞬間には恥ずかしさが一気に込み上げてきて、 凄い勢いで頭の中でどう行動をとったらいいか計算しながら 変に緊張している身体をしゃきっと立ち上がらせて涙を拭いた。

「いえ、何処も痛くないですけど、あ、佐伯…くん?」
「それならよかった。うん、佐伯だよ」
「そう、だね。佐伯くんだね。」
「そういうキミはさんだね。」
「そうですね…です。」

にこっと笑う佐伯くんの独特の空気に飲み込まれて、思わず頬の筋肉がちょっと緩んだ。 ひどく不毛な会話だったように思うが、佐伯くんとだったら 何となく正当というか必然というかそんな変な解釈が出来てしまうのだから 不思議だ。
不思議といえばさっきまで感じていたもやもやもいつの間にかどこかにいってしまった。 なんてくだらない事をしていたんだろう自分は、と今度は変に 笑いが込み上げてきて。 それと同時にまたよくわからない涙が出てきて。 まあまとめると笑い泣きという変な状況に陥ったわけだ。

「ちょっ、ごめッ…っはは、わけわかんない」

なんてみっともないことになっているんだろうか、よりによって佐伯くんの目の前 でこんな事にならなくたっていいじゃないか。 佐伯くんといったら皆にすごく人気があって、それでずっと前から憧れで、 あんまり話したことはないけど笑った顔を見てるだけで十分というか。 そりゃ話が出来たらすっごく嬉しいけど。
(でもこんなタイミングじゃ、変な女の子だと思われるだけじゃないか)

「うーん困ったなあ」

何気ない一言に凄く傷つくのは佐伯くんの事が好きだから。 好きな人を困らせるなんてしたくない。私に呆れる佐伯くんなんて見たくない。 でも立ち去れとかほっといてとか、そんな強気な言葉も出てこない。
困っているなら私もだ。

「ごめん…」
「俺に謝られても…キミの靴が帰ってくるわけじゃないしね」
「え?」

なんだか突拍子もない言葉を聞いた気がする、今。

「く、靴?」
「ん?そうそう、靴。靴が無いと帰れないだろう?」

そういって佐伯くんは私の足元を指差した。 当然ながら、片方のローファーは先ほど私が思い切り海に投げ捨てたので そこにあるはずもなく。 さっきはむしゃくしゃしてやったわけだけど、成程よく考えたら、 確かに靴がなかったら私はどうやって家までの道のりを歩くんだろうか。

「どうしちゃったのかな?靴」
「あ、えっと…あー…い、家出…とか…反抗期で…」
「へえ。何か面白いねさんて」

佐伯くんはいつものようににっこり笑ってくれたが、どうせ心の中では 私を頭の悪いというか、痛い子だと思ったに違いなかった。 ああもう、なんでこんなことなったんだっけ。 さっさと家に帰っていればよかった。 衝動的な行動おこすといいことないな。
そういえばいつもお母さんに、はいつも無計画すぎるのよね、と呆れられている。 ああ、無計画がどんなに無謀なことかって今、身をもって知りました。

「まったくキミを困らせるなんていけない子だね。でもまあ反抗期って 誰にでもあるから仕方ないかあ。うん、仕方ない。あ、さん今俺の事頭おかしいんじゃないかって思ったでしょ」
「ぜっ、全然思ってないよ!むしろ私が思われてると思うんだけど」
「まさか。俺さんの変なとこ好きだから」
「あー、私も佐伯くんの何かその変な雰囲気好きですよ」
「え、そう?わあ、嬉しいな。告白されちゃった」

冗談なのか本気なのかよくわかんないところが凄く怖いけれど、 気付いたらさっきまで込み上げてきた笑いも涙もおさまった。 でも思い返せばそんな変な状態に陥ったのも佐伯くんのおかしなオーラのせいじゃないか。
(それはただの被害妄想だけど)

「よし、晴れて恋人同士になったわけだし一緒に帰ろう!」
「え、何か、え?」
「俺がの靴になってあげるから、ほらおんぶ」
「いや、いやいやいやいやいやいや佐伯くん、何かおかしいから!」
「おかしくないよ。それと俺の名前は虎次郎だからね、覚えてね」
「それは知ってるよ」
「そうなの?嬉しいな。背中にのってくれたらもっと嬉しいなあ」
「佐伯くん、元気付けてくれるのは嬉しいけどもう十分だから」

これ以上勘違いしそうな事を言われたら、なんか引き返せないところまで いってしまいそうな気がする。 それで、傷つくのは私だけなんだから分が悪い。
乱暴に投げ捨てられた鞄をひろいあげるとぱらぱらと砂が舞い散った。 これはきっとチャックの隙間から中にも砂入ってるんだろうなってうんざりしながら 肩にかける。

「まいったなあ。俺、本気なんだけど」
「あはは、ありがとう。でもほんと大丈夫だから。ごめんね変な時間とらせちゃって。 じゃあ、私そろそろ行くね」
「うーん…まあいっか。じゃあ俺も帰るよ」

そういって分かれたはずだったんだけれど、何故だか佐伯くんは後ろをにこにことついてきた。 俺も家そっちなんだよねと微笑む佐伯くんに、じゃあなんでさっきあそこを 通ったのと問えば、
「だってが家と反対の方にプンプンして行くからさ、気になるじゃない? 何かあったのかなーって」
そんな感じに爽やか風ふかして言うものだから拍子抜けだった。

きっと私は明日から彼の事を「虎次郎くん」と呼ぶのだろうと思うと 急に明日からの日々が輝いているように思えた。


泥だらけの靴を投げ捨てた、綺麗な弧を描いて海に落ちた