色んな薬品の匂いがする。
それから煙草のにおいもする。





「せんせい、生徒の前で煙草ってどうなん」

理科準備室の狭い部屋の中で、向き合って座っていたオサムちゃんがポケットから煙草を取り出しておもむろに火をつけた。 そのしぐさが格好よくて一連の動作を眺めた後、私は突っ込んだ。
オサムちゃんは至極どうでもよさそうな顔をしてふーと煙を口から吐いて、 私のやっていたプリントのとある設問を指差し「ここ、ちゃう。やり直し」と言った。
(やる気もなさそう、全然教える気もなさそう)(けど、ちゃんと見てる)

「オサムちゃんって、ちゃんとせんせいなんやねえ」
「無駄口叩かんとはよ終わして出てけ」
「出てけはひどい」
「無駄な時間を小生意気なガキに費やせるほど先生は暇やないんやで」
「その割にはのんびりしとるくせに」

提出期限のとっくにきれた課題を今日中に提出しないと進級させないとか、 そんな風に担任に脅しをかけられて私は仕方なしにオサムちゃんのところにやってきた。
元はと言えばオサムちゃんがゆるいからいけないんだ(と自分のだるさを棚にあげてみる)。
放課後のオサムちゃんは私が扉を開けたときには競馬新聞なんかを眺めていて、 ちっとも忙しそうには見えなかった。所詮口だけだ、忙しいなんて言うのは。



「ねえ、何でオサムちゃん先生になろうとか思っちゃったん」

指摘されたところに丁寧に消しゴムをかけた後、カリカリとシャーペンを走らせながらふと疑問を口にしてみた。
前から不思議に思っていた。
だって先生って、結構頑張らないと免許とれないし。
こんなめんどくさがりで生徒を邪険に扱ってくるような人が、 なんで態々教員になろうと思ったのか本当に謎である。

オサムちゃんはまた、口から白い煙を吐き出して零れ落ちそうになっていた灰を携帯用の灰皿にトンと落とした。

「センセーはこう見えて子供が割合好きだからねえ」

ちらりと流し目でオサムちゃんは私を見て、それから煙草を口に運んだ。
(好きという言葉を形作る先生の唇から、しばらく私は目を逸らせなくなった)



先生の向こう側の窓からはやあやあと頑張る運動部の声が聞こえてきて、 何故だか私はこの小さな部屋の中でとてつもなくいけない事をしている気分になったのだった。


西日の差し込む窓だった