席替えで一番人気の無い席はどこか?
それはもちろん教卓のまん前だろう。でも、そこがあたしの特等席。




「でー、ここ、わかる人〜」
「はーい」
「あーほな〜」

授業中、ほとんどの生徒は先生の話なんか聞いちゃいない。 オサムちゃんの授業は特にゆるいから、寝てるか携帯打ってるか落書きしてるか大抵どれか。 一握りくらいは真面目に勉強してるかもしれない(私もそのうちの一人だ)。

ばっちり予習済みの問題を答えて私はにこにことオサムちゃんを見る。
(ほら、褒めてよ、すごいって、正解って)
わくわくとオサムちゃんを見上げるけれど、オサムちゃんは「はいじゃあ次〜」と教科書をめくる。
(なんだい、どうせその次の問題答えるのもあたしなんやで)
小学校の頃は我先にと挙手をしていたものだけれど、中学生にもなると挙手なんて誰もしない。それはオサムちゃんの授業に限ったことじゃない。 だから大抵の先生は強制指名制だ。
でもオサムちゃんは挙手制。だから私が全部答えてあげる。



「あんた、男の趣味おかしいよねえ」
「渡邊ってどこがいいわけ?おっさんだし髭面だし先生のくせに煙草くさいし変態っぽいし」
「なんか隠し子とかいそうだよねー」
「で、休日はパチンコに明け暮れてんでしょ?」

友達はオサムちゃんの事があまり好きになれないらしい。
大抵の事には目を瞑るゆるい先生としては人気だけれど、その中身の人間性とは関係ないと言う。

私は一人の男の人として、オサムちゃんが好きだ。
中学に入ってから3年間、ずっと好きだ。
中学一年生、ドキドキしながら入ったクラスの担任がオサムちゃんだった。 だるくて、ゆるくて、適当で、でも楽しい。生徒にはそこそこ人気がある(上記の理由で)。
好きになったきっかけは、オサムちゃんのごつごつとした、てのひらだった。
誰もやりたがらない学級委員にしぶしぶ立候補した、その放課後早速雑用で職員室に行った時。 オサムちゃんはぽんぽんと私の頭を撫でた。「偉いぞー」って。
たったそれだけの事で、私は恋に落ちた。ストーンと、見事に。

以来、オサムちゃんに出来るだけ近づこうと皆の倦厭する教卓の前の席を陣取った。
2年になって担任が変わって、3年生になってから、やっとオサムちゃんの授業を受ける事が出来た。 オサムちゃんの教科の勉強は怠らない。だからずば抜けてその教科だけ評価がいい。 担任はそんな私に「頭はいいんだからもっとバランスよく勉強しろ」と言う。
(むりだ)
(だってあたしは、オサムちゃんに褒められたくて頑張ってるだけやもん)
頭は全然よくないもん。



放課後になって、積み上げられたノートを持って職員室に向かった。
今は私はオサムちゃんの授業の教科担当で、勿論私はピンと手を突き上げて立候補した。 積み重なったノートって結構重い、けどそんなの苦ではない。 いつかまた、オサムちゃんが頭をぽんぽんと撫でてくれるのを夢見ていればあっという間に職員室だし?


そういうわけであっという間に到着した職員室で、私はオサムちゃんの机に一直線。
ドン、と目の前にノートを下ろすとオサムちゃんは「ごくろうさん」と顔も上げずにそう言った。

「オサムちゃーん、ご褒美はー?」
「これは生徒の義務であって俺が褒美をやる義理はないなあ」
「けちんぼ」
「先生にたかるな」

(変な花柄のシャツなんか着てさ)
(いつからそんなにそっけなくなっんや)

「オサムちゃん」
「先生、やろ」
「ほなら、せんせい」
「用が済んだら邪魔せんとはよ帰りや」
「………いじわる」
「あんなあ、先生は、」
「さようなら!」

わかってる、オサムちゃんは迷惑してる。
私が教卓の前の席に居座るようになってから、私がじっとオサムちゃんを見つめるようになってから。
オサムちゃんは私に向かって笑わなくなった、そっけなくなった、 きっと私の気持ちに気付いているから。私に勘違いをさせないように。
(それが優しさだと思ってるんやろ)
(変な、花柄の帽子なんか被ってさ)

ばーかばーか、オサムちゃんのばーか。
それがかえって若者の競争心を駆り立てるのをまだわかっていない。失恋の立ち直りだって早いんだから。

何が「先生、やろ」だ。


知らんがな


(テニス部の連中だって「オサムちゃん」って親しげに、そう呼んでいるじゃないか)
(あたしだけがだめだなんて、そんなの納得できないよ)

(先生は、先生は、とそんな事を強調しないで!)