「おっ」
「?どうしたんですか宍戸さん」

ウォーミングアップに二人並んで外周ランニングをしていると、 宍戸さんがふと何かに気づいたかのような声を上げた。 不思議に思って宍戸さんの方を向くと、宍戸さんは前方斜めに視線を馳せていて 俺は自然とその先を目で追った。

「あ」

ドキリと胸がなってその弾みで声が出た。 あわてて口許を押さえたが宍戸さんは特に気にした様子がなく安心した。

「宍戸さん?」
「しーっ」
「え、ちょっと」

突然足を止め、そろそろと目標の方へ進んでいく宍戸さんに驚きを隠せない。 何をしているんだこの人。いや、何をするつもりなんだ。
俺が焦っているのは、宍戸さんが何かをしようとする先にひそかに思いを寄せている 女の子、さんがいるからで。 俺と同じ学年の彼女と宍戸さんの接点が見出せずいろんな意味で焦っていた。
(もしかしてばれてる?俺が彼女に惹かれてるって。だからちょっかいを? いや、さっきの瞬間にそれに勘付くほど恋愛に機敏な人じゃない。 じゃあ何で?)
ぐるぐると思考をめぐらせている瞬間に、ぐんぐん宍戸さんは彼女との距離を縮めていく。
草むらでしゃがんで何かを探しているさんは、背後の宍戸さんに気づかない。

「わっ!!」
「ッーーーーーーーー!!!!!!!」

突然の大きな声に彼女の小さな肩が思い切り跳ね上がった。

「し、宍戸さんっ!!!何してるんですか!!」

宍戸さんが用があるのは彼女ではない、という期待をしていた俺は反応が遅れてしまった。 当の宍戸さんは何がおかしいのかケラケラと楽しそうで。

「何してんだよ」
「びっ、びっ、び、びっく、りした…」
「相変わらずビビリすぎ」
「誰だってびっくりするよ!もー…心臓がとんでったよ…」
「悪ぃ悪ぃ。で、どうしたんだよ」
「家の鍵、落としたみたいで。お昼このへんでご飯食べたからここかなって思ったんだけど…」
「ふうん」
「ふーんって、手伝ってくれるとかじゃないんだ!」
「いや、俺部活中だし」
「むきーーーーっじゃあいいですよ!はいはい部活がんばってね!」
「なんだよ手伝ってやらないとも言ってねーのに」

(入れない)
二人からとても仲睦まじいオーラが出ている!
俺がいることをすっかり忘れているかのような宍戸さんは、俺の気持ちも知らないで!
大好きな女の子と、大好きな先輩。
(まさか二人は付き合っているのか?)
面白くない。非常に面白くない。
結果、俺は二人を引き離すことにした。

「宍戸さんっ!跡部さんに怒られますよ!」
「おーそうだな」
「あれ、鳳くん」

ふいに名前を呼ばれてトクンと胸が高鳴った。

「なんだお前ら知り合いか?」
「隣のクラスにはなったことあるけど…テニス部って有名だからレギュラーの名前くらいみんな知ってるよー。 あ!私の友達、鳳くんの大ファンだよ!」
「へ〜良かったなー長太郎」

(よくねえよ!)
と、心の中で叫び声をあげる。にぶい、宍戸さんにぶすぎる!
いや、俺の気持ちを知られても今の状況じゃ困るだけなんだけど (友達がファンでも、彼女が俺に興味ないんじゃよくもなんともない)。

「それより戻らなくていいの?怒られるんでしょ?」
「ちょっとくらいいいって。お前鍵ねーと帰れねーだろ。長太郎は先行ってていいぞ」
「えっ、いや、俺も探しますよ。人数多い方が探し物は見つかり易いでしょう?」
「何だよ怒られるっつったのお前じゃねーか変な奴だな」
「ごめんね、長太郎くん」
「おい、俺には詫びねーのかよ」

明らかに砕け合っている二人を見ていて、胸の奥がつんとする。
(どんな関係なんだろう)(もし、恋人だって言われたら?)



結局、二人の関係は不明で鍵も見つからないまま、 なかなか戻ってこない俺達を探しに来た樺地によってその作業は中断された。 「あとは一人で探すから大丈夫、ありがとう」と彼女は困ったように微笑み、 何度も「ごめん」と言った。
もしここで俺が鍵を見つけることが出来たら、彼女の笑顔が見れたかもしれないのに (ついでに仲良くなるきっかけになったかもしれない)と思うとちょっと悔しかった。

彼女の事が気がかりなまま部活にも集中出来ず、ミスばかりだった。 宍戸さんに「激だっせえな長太郎、どうした」なんて背中を叩かれて泣きたくなる。
本気で激だっせえ、俺。
(明るく気にかけてくれる宍戸さんに嫉妬してるなんて)



部活後、「ハンバーガー食って帰ろうぜ」と言う向日さんに賛同したメンバーがぞろぞろと部室を出て行く。 「来いよ」と言われたけれどそんな気分にはなれなかった。 まさかさんはまだ草木をかき分けているんじゃないだろうかと心配(それと淡い期待)をしつつ、 俺は彼女と会った場所に足を向けた。
もうあたりはすっかり暗くなっていて、やはりそこに彼女はいなくて。
何を期待しているんだろう俺は、と落胆する。

はあ、とため息をつきながら正門へ向かうと、そこには向日さんたちと先に部室を出たはずの宍戸さんとさんがいた。
(何で、)

「お、長太郎」

じゃりじゃりという靴底が地面をすれる音に気付かないわけもなく、 仲良くふたり同時に振りかえられて、けれど俺の名前を呼んだのは宍戸さんだった。

「どうしたんですか?」

精一杯の笑顔を作って二人の傍へ行くと、「今日はよく会うね」と言ってさんが笑った。
それから、「怒られちゃったんだって?ごめんね」、とまた謝った。

「結局鍵見つかんなくてこんな時間まで探してたんだってよ。ほんとどんくせーなお前は」
「だってお気に入りのキーホルダーもついてたんだもん」
「明日職員室行ってみろよ。届いてるかもしれねーだろ」
「あっ、そうか!その線は考えてなかった」
「ったくしょーがねーなあ」

(二人の会話に入っていけない)
俺はただ微笑みを繕って突っ立っていた。
自然な流れで二人の会話が途切れたとき、宍戸さんがちらりと俺を見上げた。

「そうだ長太郎。こいつ、送ってってやれよ」
「「ええ!?」」

(あ、かぶった)

「俺、岳人たち待たせてっから。お前行かねえんだろ?」
「いや、いいよ私大丈夫だから」
「変質者と遭遇して泣いたのどこのどいつだよ」
「ちょっと、何年前の話してんの」
「長太郎、俺ん家の場所覚えてるだろ?」
「え、は、はい」
「すぐ傍だからよ」
「え、ええっ、」
「お前なあ…」

思いっきり同様して挙動不審になる俺を見て宍戸さんがあきれ顔をして 「だから激だっせえっつーんだよ」と言った。それから、 「もう一度言うぞ、こいつは、『俺の大事な幼馴染』だから、送ってってやれっつってんだよ」 と子供に諭すようなゆっくりとした口調でそう言って、口の端で小さく笑った。
その言葉の意味を理解して、俺は一気に(いろんな意味で)恥ずかしくなってしまって、 背中と手のひらに変な汗をかいた。

「大事なとかちっとも思ってないくせに」と困ったように笑うさんと、 にやけ出す顔を必死にこらえる俺を残して宍戸さんは去っていった。
パートナーだから気付かれたのか、それとも俺がそんなにわかりやすかったのか、 どっちだろうと考えながら俺は彼女に「行こうか」と言った。
彼女はまた、「ごめんね」と謝った。


Best of all possible worlds
(この上なく素晴らしい事、ところ)


「宍戸、どないしたんニヤニヤして気持ち悪いで」
「ああ?いや、若者の青春になんつーかなあ」
「はあ?」
「いいんだよ」
「変なやっちゃなあ」

(感謝しろよ長太郎!)