早く家に帰ってさっさと寝てしまいたかった。 けれど下校に忙しい生徒の人ごみにまぎれるのも嫌で、しばらく教室で時間をつぶすことにした。 明日の分の課題に取り組み始めると、案外集中できて束の間心のあわただしさを忘れられた。 顔を上げて黒板の上の時計を見ると6時をまわっていた。 これくらいなら道端を歩く生徒の波もひいているだろう。
ひとつ伸びをして机の上を片付けて、立ち上がりいざ教室を出ようとドアを振り返ると そこには長太郎くんの姿があった。 びっくりして叫びそうになったけれど、一気にこころが溢れそうになって声は出なかった。

「帰ろっか」
「え、あ、」
「俺と帰るの、嫌?」
「ううん、そうじゃなくて!」
「じゃあ、帰ろ」

にこりと笑顔の顔を【作った】長太郎くんは、朝みたいにすたすたと自分のペースで先を歩いた。
昇降口で靴を履き替えて、部活終わりなのかのっそりと疲れたように歩く生徒のまばらな波の中を 通る私たちはすこしおかしかったと思う。

「昼休み、楽しそうだったね」
「えっ」
「俺も入れてほしかったな」

そう言う長太郎くんの声は冷たい。

はさ、俺のどこが好きなの?」
「な、なっ、なんで、急に?」
「気になったから」
「じゃあ、」

(そういう長太郎くんは私のどこが【すき】なの?)
口をついて出そうになった言葉を何とか飲み込んだ。けれどそのせいで声を発することが出来なくなった。 好きなところ、そんなのわからない。 強いて言うなら笑顔が好きだ。けれどそれは長太郎くんのほんの一部だけの面。 私は長太郎くんぜんぶが好き。
好きな気持ちに理由なんかいらないって、よく言うけれどほんとうにそんな感じだ。
こんな風に質問するのはずるい。
(でも、じゃあどうやって相手が自分を好きか確かめるの?)
やっぱりどこが好き?ってきくしかないんだ。
あれ?じゃあ長太郎くんはどうして私に【どこがすき】かなんて聞いてきたの? (私が長太郎くんを好きなのか、長太郎くんがわからなくなったから?)

「あれ…?え、もしかして、え、でも…、」
「ずいぶん返事に困ってるね」
「あっ、そっちじゃなくて、…あの…もしかして、あ、ごめんうあああもう!」

おどおどして言いたいことがうまく言葉にならない自分にイライラして、 立ち止まって少しだけ地団駄を踏んだ。 そんな私の様子に長太郎くんは驚いたみたいだったけど、 ショートした私の思考回路はそんな事気にしていられなかった。

「落ち着いた?」
「ごめん…」

ひとしきり一人で騒いだ後一気にさびしくなって、また変な涙が出てきた。

「も、やだ…ごめん…私へんなんだ、何かもやもやして、考えてもわかんなくて、 私、でも長太郎くんのこと好きでっ、ごめん、ごめんなさ…」
「日吉より好き?」
「え?」
「俺のこと、日吉より好き?」
「す、好きだよ!ていうか日吉くんとは、好きの種類が違うよ!」
「そっか…うん、ごめん」
「なんであやまるの?」
こそさっきからいっぱい謝ってるけど、どうして?」
「わかん、ないけど…でも…」
「言ってよ全部。今日はずっと俺の事で頭いっぱいだったでしょ?何、考えてた?どんなこと 考えてた?教えて、全部。知りたい。全部だよ」

耳元でささやくようにそう言われて、背中のあたりがちりっとした。

「長太郎くんに好きって言って告白して、長太郎くんがいいよって言ってくれて、 すっごく嬉しくて、長太郎くんが笑った顔が好きで、だけど 最近昔みたいに笑ってくれなくて、私と一緒にいても楽しそうじゃないし、 ほかの事気になってるみたいでそわそわしてて上の空みたいで、 好きな子が出来たのかなって思ったりして、それでいい出せなくて困ってるのかなとか でも私っ、長太郎くんが好きで、他の子のこと考えてる長太郎くんが嫌だなって思って、 でもそれってわがままだから、言ったらバイバイって言われるんじゃないかって! だって私の片思いだからっ、だから、ごめんなさいって、… 恋人って肩書きをもらえただけで、ありがたいのに…って、………」

耳元でささやかれて恥ずかしかったのと、なんだか急にリミッターが外れたみたいな 感覚に陥ったのと両方あって ひとしきり突っ走るように言葉が出ていった。 ああ、言っちゃったなんて考えながらも心の中はわりとすっきりしていた。
(これで戻れなくなっちゃったけど)
長太郎くんはと言えば、怖くて顔があげられなくてどんな顔をしているかはわからなかった。
ぷっ、とふきだす声が聞こえて顔を上げると大好きな、あの笑顔で長太郎くんは笑っていた。

「俺ってもしかしてすごく愛されてるんだ!」
「わあ、!」

突然ぎゅーっと抱きしめられて何がなんだかわからなかった。 だけど長太郎くんの笑顔が前よりもっと素敵に見えて嬉しくなった。

「ごめん、今朝はいじわるすぎた。でもが日吉と仲良すぎるのがいけないんだ。けど結果そのおかげで 俺のこといっぱい考えてくれてたからいっか」
「えっ、えっと、あれ?」
「俺、が好きだよ」
「ほ、ほんとに…?わがままだよ、私、長太郎くんにわがまま言っちゃうよ?いっぱい、いっぱいっ、 それに長太郎くん、私のこと邪魔になったわけじゃないの?だって 最近ずっといらいらそわそわもやもや、なんかそういう感じで、」
「わがまま言ってよ。俺も、わがままだから。他の子の事考えててほしくないって思うのは 俺も同じ。だから、嫉妬した。器小さいね、俺。ごめん」
「し、っとって、あれ…?もしかして、日吉、くんに?」
「今頃気づいた?あはは、にぶいなあ。今日一日そういう事考えてたんじゃなかったんだ?」
「考えてたよ!長太郎くんのことと、長太郎くんが好きな他の女の子のこととか…」
「嫌なシミュレーションだなあ」
「でもだって、長太郎くん、」
「嫌われるんじゃないかって思って俺もずっと我慢してた。 ごめん。実は俺、ずっとエッチな事考えてた」
「っえ、あ、う、」

唐突にそっちの方に話が傾いて、ちょっとばかりじゃなく動揺してしまった。 その様子を見て長太郎くんは罰が悪そうに苦笑いをして、それからもう一度ごめんと言った。

、そういうの苦手だってわかってるから気づかれたくなくて。逆に変な態度になって。 どうしたらいいかわかんなくなってた。そのもやもやが爆発しちゃったのが今朝」
「ごっ……ごめん、なさい…」

なんだ、長太郎くんは私をちゃんと好いていてくれたのか。
一人で突っ走って変な結論を出そうとしていた私がばかみたいだ。
(ああ、日吉くんはちゃんと私にいろんなヒントを出してくれていたんだ。)

「わっ、私、長太郎くんのわがままに答えられるようにが、がんばるから! だって長太郎くんのこと好きで、だからっ、えっと…」
「ありがと」
「ッひ、」

長太郎くんのあたたかい唇が、私の唇に軽く触れた。 それだけで心臓がはち切れそう。 これ以上のことなんて考えるだけで呼吸が止まってしまいそうなくらい恥ずかしかった。
けれど今のキスは、今までの2回とは違ってあったかくて優しくて、すごく 嬉しい気持ちになった。

「俺、ずっと待つから。この調子だと先が長そうだけどね。でも、キスは ゆるしてくれると嬉しいかも」
「う、うん、がっ、がんばるね!」

ふっと笑った長太郎くんの顔は、やっぱりきれいだった。


Under umbrella(過保護)