『お願い!人助けだと思って男テニのマネジになって〜〜〜!』

ちょうど一週間前くらいだっただろうか、友達が突然目の色変えてそんな事 を言ったのは。 二年生にもなって何で今更マネージャーなんか、って、それがまず始めに 浮かんだ考えだった。 私は部活動なんて興味なくて、もちろんマネージャーなんてもってのほかで。 だから今までずっと帰宅部で通してきた。 友達はみんな部活に入っていたし、誘いもいっぱい受けたけど。 中途半端な気持ちで入りたくなかったから全部断わってきたのである。
だから本当に今更何を、っていうことだったんだけど、 あんまり友達が必死なもんだから話きくくらいなら、なんて思った時点で 終わってたのかもしれない。
なにやら最近彼女は一目ぼれをしたらしく、 なんとその彼はテニス部のレギュラーを張っているというのだ。 男子テニス部のレギュラーと言えば、物凄く人気があって、 物凄く有名人で、普通に話しかけようものならそれこそ ファンクラブの生贄にされるというか。 ああもう、想像しただけで鳥肌がたってきた。
『無理、私そういう派手なの苦手だし!知ってるでしょ!』
とちょっと強気に返してみたら、
『あんたしか頼める人がいないの、ね、お願いだから!今度駅前のケーキおごるから!』
私の命はケーキと同じおもさなのか!と大げさな事を思ったが、 そこまで言われてしまったら断わるに断われない。 何せとろくて引っ込み思案な私を今までずっと引っ張ってきてくれた親友だ。 あんたしかいないなんて言われたら手を貸してあげたくなるではないか。

『仕方ないなあ…出来る限り、頑張ってみるけど…』

なんて、なんで言ってしまったのだろう…




それからは怒涛の日々だった。
マネージャー希望にテストがあるだなんて初めて聞いた。 (後で友達に問いただすと、『だってテストがあるなんて知ったら 、やってみる前から絶対無理とか言うでしょう?』 だなんてちゃめっけを含めてそういわれた。確かにそうだ。よくわかってる。うん。) でもここまできたら女に二言はない、と私なりに早速頑張ってみたところ、 見事合格点をもらえることになったらしい。 しかも、レギュラー専属の方に合格できた。ほんとに奇跡だ。 大体マネージャーにも二種類あるなんてほんとおかしい、かなりおかしい。
そんなこんなでレギュラーマネジになって一週間。 裏方って苦労するんだな、と心身ともに疲れ果てた状態だった。 友達には、『どう?どう??何か情報手に入った???』 などと追求される毎日だったが、今は仕事を覚えるのに精一杯だった。 彼女が一目ぼれしたという『鳳長太郎』なる人物はすぐにわかったのだが。 何せ背が大きくて髪の毛があんな特徴的な色をしていたら、 わからないというほうがおかしいだろう。 それにレギュラーは8人ほどしかいないんだし。
それにしてもマネージャーとして入部してみて、改めてその人気ぶりを知った。 二年生で、新人と言うこともあって先輩のマネージャーの方々には かなり目をつけられているのである。 (私だって好きでここにいるわけじゃないです)といえたらどんなにいいだろう。 あんた、誰狙いなの?なんて聞かれるのはいつものことだ。 純粋な動機の人はいないのだろうか。(私も不純だけど…)

まあ、そんな動きの無い陰湿な毎日だったのだけれど、今日はちょっと光が差した。


さん、洗濯中?」
「え?」

体育館の一階廊下にあるスペースで洗濯機を動かしつつ、待ち時間で ここ最近浪費された道具のリストなどを作成しているとふいに声をかけられた。 顔を上げるとなんとそこには『鳳長太郎』なる人物がいて。 認識した瞬間は、思わず息を呑んだ。

「あ、ああー、うん、そうですね、洗濯中みたい、です。」
「そんなにきょどらないでよ。面白いなあ」
「すいません…あ、それより何か用…でしょうか?洗濯して欲しいものとか、ですかね?」
「敬語使わなくていいよ。同い年なんだし」

それもそうかと自分でも思うのだが。 元から人見知りが激しいというか、男の人と話すのが苦手というか。 こういう性格なんだから仕方ない。 それに加えて今はミッションを遂行しなければいけないという意識もあって、 挙動不審に磨きがかかっているように思う。

「たまたまそこ通りかかったら、中でさんが何かしてるの見えたから来てみただけ。迷惑だったかな?」
「いや滅相もないです。それより鳳くんはこんなとこ顔出して大丈夫なの?」
「あー、宍戸さんがまだ来なくてさ、今日のメニューダブルス練習だから。いないと 意味ないんだよ。何か補習みたい。あとで跡部さんに怒られるんだろうなー宍戸さん」

一人でぺらぺら喋ってくれる鳳くんにありがたいなあと思いつつ耳を傾ける。 いつもにこにこしている人だと思っていたが、 どうやら宍戸先輩が絡むと真剣な表情もするらしい。 跡部部長に怒られる宍戸先輩、的な図を思い描いている最中なのか、 苦心に満ちた表情なんかをしたりする。うんうん、鳳くん情報地味にゲット。

「ところでさん、変な時期の入部だよね。何か理由、あるでしょ」
「え、そっ、そんな事ないない!全然変な時期じゃない。うん、全くこれっぽっちも」
「そうやってムキになるのは肯定と一緒だよ。例えば目当ての人がいるとかでしょ。 でも一発でレギュラーマネージャーになれるって結構な気合だよね」
「いやほんと!ないからそういうの、多分、かなりないよ!」
さん焦りすぎ。言葉おかしいから」

ふっと優しく笑う鳳くんに、ドキっとしたなんてそんなことありえない。絶対ありえない。

「あ、今俺のことかっこいいって思ったでしょ」
「おおおもってないよ!うん、多分ぜったいない、」
「多分って口癖?」
「え、そんな事はないよ、たぶ…うん、ない」
「言ってるよ」
「言ってないです」
「ふうん。ま、いいけどね。じゃあ、そろそろ行くね」
「あ、うん。練習頑張ってね。宍戸先輩、そんなに怒られないといいね」

そうだね、なんて笑って踵を返す鳳くんの背中から、目が離せなかった。
何かおかしいんだ、こんなのおかしいんだ。

だって鳳くんにドキドキしてるのは、私の友達のはずなんだから。


A million lies(多くの嘘)