秋の初めの雨の日だった。
ユウジと一緒にバスに乗り込んで、一番奥の席に向かい合って腰を下ろした。 隣に座ればいいのに、と思ってそう言うと「空いてるから何処座ってもええやろ」 と面倒くさそうに返事をする。

「別にええけど、進行方向と逆向きに座ると酔わん?」
「そんなヤワちゃうわ」
「ほんならええけど…」

腕を組んで窓の外を見るユウジに(まあ好きなところに座ったらええよな)と納得して私も外の景色に目をやった。 しかし、バスの中の生暖かい空気のせいで結露する窓ガラスに視界を捉えられる。
無意識に人差し指を窓ガラスに押し付けて、小さな粒が集まって滴っていく様を眺めた。
一筋の直線が描かれて、それにピンときて相合傘を指でなぞる。 ユウジ、、と名前を入れたところでユウジの掌に掻き消された。

「えー」
「アホ、恥ずかしいマネすんな」
「学校では小春、ユウジとか至る所に書いとるくせに」
「公共の場所ではやらん」
「学校も公共の場所やん」
「ネタをネタと理解出来ん奴のおるところではやらんちゅうことや」
「ふうん」

一応ユウジにも常識っていうものはあったんだなあ、 と思いながらユウジによって消されてしまった相合傘のあった場所を見やった。 うっすらと曇り始めているそこから街並みをぼんやりと眺める。

こつん、とユウジの靴が私の足に当たって振り向く。
ユウジもふとこちらを見て、けれど謝るでもなくただ視線を絡めあった。

わざとらしく、私もこつんとユウジの足につま先をぶつけてやった。
向かい合った席の狭い空間で、互いの足を交差させながら時間を食いつぶす。
いい加減飽きた頃、「ユウジ邪魔」と目の前に向かい合って座った事に対して文句を言うと、 「俺の足が長いせいやな」とかっこつけて言うので私はユウジから視線を逸らして黙り込んだ。
「突っ込めや」と言いながら両足で私の両足を挟み込んできたユウジに、 (確かにこういう事は隣に座ったら出来なかったかなあ) と何となく正面に座ったユウジの気持ちを察して私はくすぐったい気持ちになった。

「ねえ、バス、降りたら相合傘しよか」
「はあ?」
「やって窓ガラスに書いて残すのはアカンのやろ?」
「アホか、二人とも傘持っとんのに使わんとかトチ狂っとるやろ」
「バカップルみたいでええやん」
「お前頭沸いとんな」
「私、ユウジの事ネタで好きなわけちゃうから」
「…変なとこで根に持つなや。さっき言うたんはそういう意味ちゃうわボケ」

私から傘を取り上げたユウジはそれ以上何も言わず、複雑な表情で下車時間を気にしてた。



(わかってるよ、本当に、恥ずかしいんでしょう)


低空飛行に似た愛慕


割と大胆な事をしたり言ったりするくせに、純粋な事が妙に恥ずかしいユウジ。