長い間凝視していたパソコンのディスプレイからふっと時計に視線を移すと、午後7時を回っていた。 くらっとする目頭を、掛けていた眼鏡を外して軽くつまむ。 ついでに作業中ずっとかけていたヘッドフォンも外すと、丁度電話が鳴った。
ディスプレイを見ずともメロディで相手が誰かがすぐわかる、だ。

「はい」と迷わず電話に出ると、『あー繋がった』とくたびれた声。

「どないしたん」
「どないしたん、じゃないよ。何回電話したと思ってんの」
「んん?すまん。音楽聴きながらレポートしとった。そない掛けた?」
「うん。着歴後で見てうわっ、ってなるよきっと」
「さよか。楽しみにしとくわ」

気付かなかった事を詫びるよりも、彼女が俺に必死に電話を掛けながら、 繋がらない!とじたばたする姿を想像して小さく笑った。

「で、そない必死になるほどの用事は?」
「ああ、んとね、夕ご飯一緒に食べない?って誘いたかっただけ」
「うっそ、そんだけかいな」

(どんだけ一緒に飯食いたいねん!)と感情を隠さず大袈裟に笑うと、 は『そんな笑うとこじゃない』と電話越しでもわかるくらいふて腐れた声を出して、 『繋がったからもういいや!じゃーね!』と言うので俺は慌てて「待ち、すまんて」と引き止めた。

「俺もと一緒にご飯食べたいわ」
「ふうん」
「えー素っ気ないなあお願いしますてさん」
「や、もうほんとにいいの。ただあんまり繋がんなかったから、ちょっと不安でいっぱい掛けてただけ」
「ちょお、何やもしかしてもう飯食うてもうたん?」
「んーん」
「ほなら出るか、家来てもええよ。昨日丁度スーパー行ったから食材あるわ」
「だから、今日はもういいってば」
「ん〜?なんでや」

そない意地張らんでも、と思っていると『白石くん集中すると周り見ないからなあ』 とため息をついて、『今日まだカーテン閉めてないでしょ』と言う。 そういえば夕方暗くなってから電気をつけたけれど、ほんの片手間を怠けてカーテンを閉めなかった。
何故彼女はその事がわかったのかという驚きと若干の恐怖が心を駆け抜ける。

、ストーカーは犯罪や」
「何言ってんの」
「まさか俺ん家に張り込んでるんちゃうやろな」
「いいから早くカーテンの前に立ってみたらいいよ」

言われるままに窓に近づくと、道路を走る車の音がいつもと異なっている事にまず気付く。
目隠し用の薄いカーテンをシャッとひいて外を眺めると成る程雨が降っていた。 彼女が外出を渋る理由はこれだろう、きっと夕食の誘いにと一回目の電話を掛けた時は晴れていたに違いない。

それにしても雨如きに分かたれる恋人達というのはどうなんだろうか、 きっと一年に一度しか逢瀬出来ない織姫と彦星は俺達を怠惰だと言うだろう。

そんな事を考えると、どうしようもなく彼女に会いに行くしかないと思えてしまう。

「しゃあないなあ」
「何が?」
「俺が行くから待っとき」
「今日の天気も知らないくらい引き篭もってた人がわざわざ?」
「こら、可愛げ無い事言わんと」
「すいませーん。待ってるね」
「ん、了解」


通話終了後、一体いくつの着信履歴があるのだろうと確認して一人、声を押し殺して笑った。


「御足労お掛けしました」