小さい頃は何でも一緒だったのに、男の子の方がちょっと背が高くなって 力が強くてがっしりしていて声が低くなって、 女の子の方がやわらかくて胸が大きくなる。 それだけの事で何でもかんでも男女別ってなっていく。
私にはそれが不満だった。
だって、何だってみんなでわいわいやった方が楽しいじゃないか。 プールだって、体育だって、修学旅行の夜は特に。 女の子には女の子同士の会話があるのと同じように、男子としか出来ない会話だってあるはずだ。

だから私たちは、夜になったらこっそり抜け出そうと約束した。
大体、決められた取り決めは破るためにあるのだ!




中学校3年生の修学旅行、最終日前夜だった。
相変わらず、先生が見回りに来るたびに寝たフリをする。 電気は全部消して真っ暗な中、そのスリルを味わいながらする恋の話や秘密の話は各段においしかった。
こんな風に普段はこれほど時間を共有しない仲間たちと、 全く同じ境遇の中で手を取り合って悪だくみをするというのはとても親睦が深まる事だと思う。 修学旅行とか、林間学校とか、本当の目的はそういうところにあるんじゃないだろうかと思うほど。

(だから)
深夜、連日はしゃぎすぎて疲れて寝てしまったみんなの寝息を確認した頃、 私は静かにかけ布団を捲りあげた。 携帯のディスプレイで時間を確認すると、ちょうどいい頃合いだった。
隣に寝ていた友達はまだ眠りの淵にいたのか、「どうしたの?」と半分眠ったふわふわした声で問いかけてきたのだけれど、 私が「トイレ」と言うと納得したように眠った。

極力音を立てないように襖を開けて、それから物凄く慎重に廊下に通じる扉を開ける。 半開きにした扉の隙間から、外に見回りの先生たちが居ないかどうか念いりに確認をする。 誰も居ない事を確認して、私は約束の場所に足を忍ばせた。



暗くなったロビーに降りると、自販機の明かりが眩しかった。 部屋を真っ暗にして話していたおかげで目は暗がりに慣れていたので歩くのに不自由はなかった。 そんな中、小さな声が「こっち」と私を呼ぶ。
目をこらすとソファーに誰かが座っている。私はそこに慎重にかけよって腰をかけた。

「ふは、成功」
「誰にも見つからんかったじゃろ」
「もちろん。見つかってたらここにいない」
「まあの」
「でも仁王の言う通りだった。今日は廊下に誰もいない」
「最終日は先生たちも深い話があるんじゃろ。缶ビールとかを片手にな」
「そうかも」

(私たちみたいにね)、と口の端を釣り上げて私はソファーに背中を預けた。 ふかふかのそれが私を受け止める。何だかくすぐったい。
夜中に抜け出そう、という作戦を立てたのは仁王の方だった。 好きに作っていいと言われた班分けで私たちは同じグループに入った。 日頃からよくつるんでいたし、悪だくみ仲間と言った方が正しいかもしれないけれど仁王とは気が合ういい友達だった。
だから、「夜は女友達と特別な話が出来るのに男女別だから仁王とは出来ないね」 と私が不平をつぶやいた。 仁王はそれを聞いて「そうじゃのう」と少し考えて、「会えばいいだけの話」 と何かいけないことを考え付いた時の顔をしたのだった。

時間を決めて、先生たちの見回りパターンの法則を考えて、 そして今日決行した(と言っても最後の夜だから今日しかない)。
私たちは今、大人たちの決めたルールを破ってこうして二人で一緒にいる。 いけない秘密を共有しているようでわくわくした。
仁王も同じことを考えているだろうか、私たちはもっと深いところで仲良しになれるだろうか。
そんなことを考えながら話す会話の内容は、別にいつもと変わらない事だった (けれど私には、それですら特別なことに感じた)。

「私たち、見つかったらどうなるんだろうね」
「見つからんかったらいいだけの話じゃ」
「でも今日はいつもよりスリルがある」
「そうやの」
「特別な日だからか、夜だからかわかんないけど。何だかすごく、いけない事をしてやった!って気分」

くすぐったくて嬉しくて、ふわふわした気分で私は声を抑えて笑った。
隣で仁王が「頭いかれとんのう」と言いながら自分も笑う。

「ならもっといけない事、してみるか」

そういって仁王が私の肩に手を置いた。 何だろうとわくわくして、仁王の方を振り返ると唇にやわらかい何かが触れた。 至近距離に仁王の顔がうっすら見えて、それが彼の唇であることがわかった。
真っ暗な闇の中で、私たちは特別なことをしている。
それはとても重大な、秘密の行為だった。

「こういう事になるから、先生たちは規則を定めたのかな」
「若さってのは取り返しのつかない判断を平気でさせるもんぜよ」
「じゃあ私たちは、取り返しのつかないことをしたのかも」

唇が、今にも触れそうな距離に仁王がいる。
恥ずかしいと思う気持ちも、嫌だと思う気持ちも不思議とわいてこなかった。 彼を今までそういう対象で見ていた事はなかったはずなのに、 なぜだか自分がこうなる事を望んでいたかのような気分だった。

」と仁王が呼ぶ、その透明な声に何でか涙が出た。
声を上げてなくほどのそれじゃない、無意識に、それでいて無意味な涙だった (いや、もしかしたらいろんな事への喪失感を感じていたのかもしれない)。
その涙を、ごつごつしてかたくて骨ばった彼の手が拭う。

「なあ、

もう一度仁王が私の名前を呼んだ。
その声を聞きながら、もしかしたら過去に私たちみたいな事になった生徒がいて、 だから同じ過ちを繰り返させないためにルールを設けたのかもしれない、 けれどやってはいけませんなんて言われたらどうしても、 やってみたくなってしまうのだと考えた。
だって私たちは若くて、仁王が言うには判断力(そして責任能力)に乏しくて。
(それから好奇心がある)



「仁王」と私が名前を呼ぶ、「俺らは取り返しがつかなくなるような仲じゃないじゃろ」 と言って彼がもう一度唇を重ねる。
(仁王が言うなら、そうなんだろう)
私はただ、彼の背中に腕をまわしただけだった。


Zero hour(行動開始時刻)