「小春ぅ〜数学教えて〜な〜ぜんっぜんわからんかった〜」 数学の教師が教室を出て行った次の瞬間、俺はバッと立ち上がって甘いデレッデレの声を出しながら小春の席に向かった。 未だ問題集を眺めていた小春が俺の声に顔を上げて微笑む。 ああ、あと数メートルの距離。 「ストップ!」 「うお」 両手広げて片手にノート、小春に突っ込む体制だった俺の前に立ちはだかるのはクラスメイトの。 こいつ、今年から同クラになったんやけど妙に俺に絡んでくる。 俺の事好きなんちゃうかとおもっとったらそうやのうて、何や知らんけど小春の幼馴染らしく、 小春小春言うてる俺が気に食わんらしい。 (見てれば丸分かりやけど、こいつ小春の事好きやな) 正面衝突しそうになったところをつま先でぐっとこらえる。 至近距離で留まったけれど目の前の女はビビリもせん。 (邪魔やなあ) 「何やねん、俺は小春に用があんねん」 「あんた数学わからんのやのうて、小春に甘えたいだけやろ」 「別にええやんか。何や、小春と仲良うすんのにお前の許可いるんか」 「うっさい、苦手科目数学とかいけしゃあしゃあと、よく言うわ!」 「お前こそでしゃばってくんなや!」 何べんこの会話を繰り返したことだろう、何故この女は飽きもせず突っかかってくるのだろう。 やはり俺の事好きなんちゃうか、いやそれは無い。 この女、目がマジや。 俺の事ほんま嫌いな目や。 (嫉妬する女て怖い) 「ちょっとあんた達、何でもええけど毎度毎度うるさいわ」 「小春っ、うるさいんコイツのせいやで、俺のせいちゃうぞ!!」 「ちゃう、百パーこの男の頭沸いとるからや!!」 「あーはいはい、それよりは次教科担当やろ。職員室行かんとどやされるで」 「……憎い、なんで数学の次がうちの担当なん、毎回毎回、たまらんわ! ちょっとアンタ、小春に迷惑かけたらアカンで、次からはうちが数学教えたるわ!」 フン、と鼻を鳴らしては教室を出て行った。 その肩はプンスカと上がっていて、俺はゲッソリした。 小春はマイペースに参考書をめくり、それから俺に「で、どこがわからんの?」と顔も上げずにそう言った。 「お、おお」 「…ユウくん、と張り合うんやめえや」 「せやかてあの女、勝手に俺に絡んでくるんや」 「やから、嘘ついてまでここに来んでええて言うてんの」 小春の声のトーンは、いつもより落ちていた。 本気でちょっと、怒ってる。 それは小春にとってもあの女が特別である証だった(嫉妬する男も、ちょっと怖い)。 けれど俺は知ってる、あの女を数学の次にばかり入っている教科担当に勧めた匿名票が小春の仕込んだものだという事を。 何でそんな回りくどい事をするのかわからない。 あの女に対してあまりいい顔をしない意味も小春にしかわからない。 あの女が関わるとき、小春はどこか遠く俺の知らないところで戦っているのだろうと思う。 (それでも小春も、あの女が好きなんやろうな) 「すまん」と俺は謝って、それからとぼとぼと自分の席に帰った。 職員室から帰って来たが、距離のある俺と小春を交互に眺めた後に俺のところへやってきて 「何かあったん、うちのせい?ごめん」と謝った。 (いや、お前もまず小春んとこ行けや)と思ったが、こいつもまた、俺の知らない遠いところで戦っているのだろう。 俺達は似ている、小春が好きな者同士だからだろうか。 (けれど小春が選ぶのはお前なんやろうな) そんな事は口が裂けても本人には言うてやらん。 (応援なんか、してやらん) 小春はヒロインが大好きだから違う恋を探してもらいたい派(自分否定派)。 ヒロインもどこか大好きな小春に一線を置いてしまう感じ(自信無さすぎ派)。 でもユウジは最終的にどちらにも加勢してくれると思う。 |