「うわっ!」

体育の時間、ネットで半分に区切られた体育館の真ん中で女子側のバレーボールの得点係りをしている時だった。 どこからか飛んできたボールが背中に当たって思わず声を上げる。 音や感触から察するにネット越しにあたって失速したからかそれ程衝撃はなく、痛いというよりは驚きが勝り、 間抜けな声を出してしまった事に多少恥ずかしくなりながら当たりを見回すと「すまーん」 と顔の前で手を合わせた謙也がこっちに向って走ってくるのが見えた。

ネットの向こうに転がっていたボールを拾いながら謙也は私に近寄ってきて、 「怪我せえへんかった?」と何でかにやついたような顔で言うので 「アカン、骨折れてもうたみたいや」と大袈裟に肩に手を当てて苦い顔をしてみせると、 「当たったん背中やろ」と謙也が笑う。

「当たるところ見てたんやったらボール止めてよ」
「自分の打ったボールより速く走れ言うんかい」
「浪速のスピードスターなんやろ」
「無茶言うな」

突っ込みに反応してしまう体なのか、ネット越しに謙也がチョップを食らわしてきて、 当然謙也の手が巻き添えにしたネットが私の顔にガバっと襲い掛かってきて 私は思わず「ぷあ」と間抜けな声を上げる羽目になった。

「ちょお、何なん謙也!嫌がらせか!」
「すまんすまん、つい」
「つい、ちゃうわ。さっきからニコニコしとって謝る気さらさら無いやろ」
「いや、あるけどの反応がおもろくて笑けてくんねん」
「何やって、失敬な!まあボール当たってまうんはしゃあないにしてもフォローがなってへんわ。 許さへんで謙也、くらえ!」
「うわっ、何すんねん!」

指を開いてネットの穴から謙也の髪の毛をぐわっと掴んで乱してやる。 さっき私がなったように、謙也の顔にネットがぶつかった。
「やめえ!」と私の手首を掴んでくる謙也の手と私の肌の間にまたしてもネットが挟まって、 いつもの取っ組み合いよりもちょっとだけ痛かった。



「お二人さん、ええ加減にしいや恥ずかしい。みいんな見とるで」

その声にお互いハッとして一瞬目を合わせ、 その後そろそろとあたりを見回すと確かにクラスメイトが呆れたような視線をこちらに投げかけていた。
大体、女子コートも男子コートも試合中だったわけで、 零れ玉を拾いに来た謙也がコートに帰らなければ試合が再開出来ないと言うわけだ。
きっとボールの行方を追って男子コートの皆は最初から私たちの間抜けなやり取りを見守っていたに違いない。
(女子コートではラリーが続いていたおかげでそれほど注目される事はなかったけれど)

急に恥ずかしくなって顔を顰めると、注意してきた白石が苦笑いした。
気まずい雰囲気の中頭を掻きながら謙也はチームに戻っていき、残された私もプイッと女子コートの方に振り返った。 すると後ろから白石が「さっきのわざとやったで」と言い、 (何の事だろう)と振り返ると意外と近い距離に居た白石が意味深に目を細めた。

「ボール」
「は?」
「せやから謙也、ボールわざとにぶつけよったて」
「はあ!?何やそれめっちゃむかつく、謙也のくせに。後でうちもぶつけたろ」

(だからあんなにニヤついてたのか)と、 さぞかし狙い通り私にヒットして楽しかった事だろうと謙也の事を考えて息巻く私に、 「あー、うまくいかんなあ」と白石は訳のわからない事を言い得点板の方へ戻って行った。


(謙也のやつ!)と最後にもう一度ネットの向こうの男子コートに謙也の姿を探すと丁度こっちを見ていたのか謙也と目があって私は驚いた。
でもそれは一瞬で、これ見よがしにプイッとわざとらしく顔を背けてやったのだった。


幽かに悟る故意


意地らしい謙也、そんな謙也を見ながらもどかしさを感じる白石、全然わかってないヒロイン。
気にかけて欲しいからちょっかいかけるんだけど、から回ってるよ謙也!っていう。
謙也は多分、ネット越しにヒロインの後ろ姿を見つけて、
見てたら無意識にそっちにボール打っちゃってたまたまぶつかっちゃっただけ。
白石はちょっとカマかけてみたんだけど、そのまんまの意味で伝わっちゃった感じ。