幸せすぎることがこんなに苦しいことなんだってあなたに出会うまで知らなかった。 「おお〜いいね、低音くる〜」 「やろ?絶対好きやと思ってん」 謙也はそう言ってくしゃっと笑った。 部活の無い学校帰り、最近買ったCDの中に私好みの曲があったと謙也が言うので家に寄らせてもらった。 気に入ったなら貸してやるからと謙也はいい、 正直その時私は音楽の事よりも謙也の部屋に行ける事に嬉しくなっていたのだけれど、 「行く!」と勢いよく返事をした私に、「そんなに期待すんな」と勘違いして彼は笑った。 コンポから聞こえてくる音楽を聴きながら二人並んで目を閉じる。 リズムを感じながら私は謙也の事ばかり考えてた。 曲が間奏に入った時、私はちらりと謙也を盗み見る。 エアドラムなんかしながら肩を揺らしてる謙也の横顔はやっぱり格好よくて。 今こうして好きな人の部屋で好きな人が好きな音楽を聴いている事にきゅんとする (そしてその場に自分がいる事も)。 手を伸ばせば、触れる事なんかたやすい距離で。 ちょっと、顔を傾ければキスだって出来る距離で。 でも彼はきっと、そんな事微塵も考えていないだろうし、 私がそんな事するなんてこれっぽっちも思ってはいないはずで。 (女の子だって、オオカミなんだから)なんて複雑な気持ちになる。 その無防備さが、これまで培ってきた関係による彼の安心感なんだと考えると嬉しくなるけれど、 裏を返せば私を女としてみてもらえてないような気がして切なくなる。 (片思いって辛い) こんなにも幸せなのに、それだけで満足しろよと世の中の片思い中の女の子に罵られそう (だけど私だっていっぱいいっぱいなんだから)。 だって本当に知らなかった。 私の視線に最初から気付いていたのか、再び歌いだした歌手の声に被るように謙也が 「見すぎ、何やねん」と私の頬を抓る。その顔がまた、私の大好きな笑顔になっていてどうしようもなく泣きたくなった。 「髪の毛、痛んでんなあと思って」 「うっさいわ!お前かって…いや、お前はさらっさらやな」 「羨ましいやろ」 頬を抓っていた指先が、私の髪を優しく撫でる。 (あんたのために、綺麗になる努力をしてるんだから)とはいえるわけは無いけれど。 「おおー」と言いながら私の髪の毛をさらさらといじる謙也にまた、心臓がぎゅっと窮屈になる。 そんな事されたら、ドキドキするにきまってるじゃんか。 それで、私の気持ちをわかってないなんて、(厄介すぎる)。 「もうええやろ」と少し乱暴に手を振り払うと(だってこれ以上触れられたら本当にオオカミになってしまいそう) (それか、そうなるより先にパンクしてしまいそうだった)、 「何や財前みたいやなあ」と後輩の事を引き合いに出す。 (わたしは!あんたの後輩じゃない!) ねえ、何でわかってくれないの(わかってる、言わなきゃ届かないって)。 「謙也の部屋、電波悪いわ」 「はあ?そんな事ないやろ」 遠まわしに言った意地悪な言葉に、謙也はポケットから携帯を出して電波を確認してた。 それから私にディスプレイを突き出して、「バリ3やがな」と言ってきた。 (ばかみたい) ごめんね、謙也はいつもストレートに私に気持ちを発信してるんだろうね。 だって私たち、友達だもんね。 けど、片方が異性として意識した瞬間に友達じゃなくなるんだって、知ってた? ごめんね、私はいつか謙也に酷いことを言ってしまうかもしれない(好きだよ)って。 言わないかも、しれないけど(だって、今が幸せで、とても居心地がいいから)。 「ねえ、ええ曲やけどCDは借りて行かんわ」 「はあ?何でやねん人が折角」 「この部屋で聞くんがいいねん!」 「…?まあちょっとええスピーカーつこてるからな」 「………謙也のどあほ」 「理不尽や!」 ぶうたれる私に向かって、「まあ、いつでも来たらええわ」と謙也は言った。 (いいの?遠慮なんか、してやらないよ?) だって、またすぐに会いたくなる (心はまだ遠いんだな、なんて考えると幸せな分辛くなるけど)。 それでも私は、彼に許された存在であるのだと、 |