毎日が楽しかった、それはまぎれもなく私一人じゃ完成しない幸福であり、 そんな風に思える事はとても素敵なことなんだと思う。 大好きな友達と巡り合えたこの学校で、毎日が終っていく (中学3年生って、すごく楽しいけれどいちいち切ない)。
終わりに向かって走ってるみたいで、だけど、そういう状況だからこそモチベーションが上がったりする。 例えば大きなイベントの度に、私たちは精一杯盛り上がってその分かなしさを胸に抱くのだ。




「あーあ。終わっちゃったね」

教室の窓枠に頬杖をついてグラウンドを眺める。
先週の土曜日(おととい)は運動会があった。
色とりどりの旗が空中を舞っていて、ホワイトラインは引かれたばかりでパリッとしてて 大きな看板が各陣地の方角に立ててあって、 陣地には簡易やぐらがあって、生徒たちのイスは教室を抜け出してぎゃあぎゃあと騒いでた。
まるでいつもの日常を抜け出して新しい世界に飛び込んだみたいな、日だった。
けれど今はただ、かすれた白線と拾い残しのくたびれたビニールテープと、 ぐちゃぐちゃに踏み荒らされた土が静寂を保っているだけ。
(なんて、切ないんだろう)

「あーあ」と項垂れると同じくグラウンドを眺めていた謙也が「センチメンタルやなあ」と笑った。

「だって中学最後の運動会だよ。高校行ったらたぶんこういうノリじゃないんだよ。 女の子はネイルを気にしたり髪型を気にしたりで忙しいし、 男子だってきっとあんまりやる気じゃない人の方が絶対多くなるんだから」
「ああ、何となく想像つくわ」
「でしょ?」
「せやけどは高校行ってもめっちゃ本気でやりそうやな。あだ名はたぶん鬼ババアやで」
「ちょっと、どういう意味それ」
「ぶはっ、思い出してもうた」

目に涙をためるほどひとしきり謙也は笑って、彼が笑っている理由について過去をさかのぼって私は逆に悲しくなった。 そうやって一つずつ思い出になっていく。 たくさんあった方がいいけれど、持てば持つほど重くなる。
(謙也の言う通り完璧にセンチメンタルなスイッチが入ったっぽい)

「っていうか人が感傷に浸ってる隣で笑い過ぎ」
「いや、ほんま無いわ楽しいことばっかやったやん」
「楽しいからその分切ないの!」
「意味不明やなあ。思い出してみいや、玉入れとか」
「………ぶ、」
「ほらな」
「だってあの時の謙也の顔、鳩が豆鉄砲くったみたいだったんだもん」
「お前かて本気すぎて顔ごっつ鬼ババアみたいやったちゅうねん」

何の話かと言うと、男女共同で行われる玉入れに私たちは同じチームとして出場していた。 物凄いやる気でいたのだけれど、玉を拾って投げてみるものの中々入らず。 ちょっとイラっとした瞬間謙也が目に入って、ああ、あいつになら私でも当てられるなあ。 って考えた瞬間謙也に向かって思い切り玉を振りかぶっていた。
それは何と顔面にヒットし、その時の謙也の顔といったら本当に傑作だった (まさか玉入れで自分が的になるなんて考えもしなかったんだろう)。
スカッとしてガッツポーズを取る私を見つけた謙也は、 「やりよったなあ後悔させたる!」とありったけの玉を拾って私に投げつけてきた。 私も負けていられるもんかと謙也に向かって投げつける。
そんな私たちを見かねてチームメイトたちが止めに入って (というか、周りにも被害が拡大していた)、玉入れは私たちのチームのぼろ負け。 陣地に帰った後、組頭と応援団長にしこたま怒られたのだった。

「あーあ。またやりたいなあ」
「怒られんのは勘弁やけどな」
「けど、もう出来ないんだよねえ。あああほらやっぱ空しい!」
「お前の思考回路わからんわあ」
「高校行ったら私、おしとやか〜になって女子力磨いて恋に走る予定だから。泥臭いのはもう終わり」
「いや、それだけは無い」
「だから、失礼すぎ」

(同じ運動会は二度とやってこない)(それは毎日が同じくそうだけれど)
こうやって大好きな人と楽しくおしゃべりをする瞬間だけは、何度でもやってくるのだろうと何となく思った。 たとえそれが、今となりにいる謙也じゃなかったとしても、だ。

「ああ、ほんとにおセンチモード」
「ほならゲーセンでも寄って発散して帰ろうや」
「よっしゃあ、じゃあ何か対戦しよう!」
「切り替え早っ!」

「はやく!」といつまでも窓際にへばりついている謙也に向かって叫ぶ。
(謙也のいう通り、私は高校に行ってもネイル気にしてグラウンドを駆け回らないなんてありえないかも)、 謙也の笑った顔を見てそんなことを考えた。


それでもやってまうあたりがお前やな