朝早く、遠くで花火の弾ける音がした。
運動会というには時期がおかしいし、大体学校は休みだろう。 お祭りでもあるのだろうかとリビングに居た母親に聞いてみると今日は 郊外で花火大会があるのだと言う。
毎日部活の事ばかり考えていてそんなイベントの事をすっかり忘れていた。 小さい頃は毎年浴衣を着て、家族で行っていた楽しいイベントだったはずなのに。

「ふうん」と興味なさげに返事をかえして部屋に帰る。 どうせ今日も遅くまで部活をやって疲れて帰って寝るだけだろう。 別に私は部員ほどハードな練習をやるわけじゃないし、 たかがマネージャーのする事なんて計り知れてるけれど わざわざ友達を誘って行く気分にもならなかった。




「そや、今日花火大会やんな。朝花火の音聞いて思い出したわ」

部活の中休み時、思い出したように言い出したのは白石だった。 その言葉に周りの皆も「ああ」という顔をしている。

「朝の花火、それやったんか。びっくりして飛び起きたわ」
「花火大会!?なんやめっちゃうまいもんいっぱいありそうやな〜!!」
「金ちゃんは花火より食い気やなあ」
「なあなあ、みんなで行こうや〜!!ほんでうまいもんぎょうさん食うたろ!!」

金ちゃんの言葉にみんな心を動かされているようだった。 「なあなあ」を連呼して跳ね回る金ちゃんに、収拾をつけるように白石が言う。

「しゃあないなあ。今日は部活、早めに終わらして皆で行こか。 ただし、一旦帰って夕飯をちゃんと食うてくること」
「ええ〜〜〜!夕飯なんて食うたらお腹いっぱいになってまうやんか〜!!」
「金ちゃんは特にな。無駄遣いはよくないで」
「白石鬼や〜!!」

小学生じゃあるまいし、何でわざわざ一回家に帰ってご飯を食べて来い なんて言うのだろうかとその時私は疑問だった。
けれど、帰り際に白石に引き止められた事によってその謎はあっさり解けた。




、今日のお祭り」
「うん、行くよ」
「良かった。なら浴衣着て来いや」
「え?やだよ面倒だし、動き辛いし…って、もしかして皆に一回帰れってそういうこと?」
「そんな事言わんと。うん、そういう事やから」
「通りで、白石にしては意味不明な事言うなあと思った。 どうせ皆家なんか帰らずにそのへんで時間潰すだろうに。 まあ、金ちゃんはちゃんと帰りそうだけどね」
「ははっ、せやな。でももちゃんと帰って着替えてくるんやで。持ってるやろ?」
「持ってるけど…まあ気が向いたらね」
「期待しとるで。特に謙也とかがな」

ひらひらと手を振ってその場を立ち去った私に、白石の最後の言葉はとどかなかった。
結局律儀に家に帰ってお母さんに浴衣を出してもらった私は、 髪型までばっちり整えて集合場所に向かったのだった。 何だかんだ私は、みんなと花火大会に行ける事が嬉しくて。 ちょっと浮かれていたのかもしれない。

集合場所には何故か謙也しか来ていなくて、そんなに早く来てしまったつもりはなかったし 待つのが嫌だと言っていつも遅刻すれすれにやってくる謙也にしては珍しいなんて 思っていたら自然に目があった。

「あ、お」
「お疲れ。謙也が一番って珍しいね。ていうより皆が遅いのが珍しい?白石もいないし」
「お前浴衣、やん」
「うん、白石が浴衣でおいでって。面倒くさいって言ったんだけど、やっぱりお祭りだし 着たくなっちゃった。ていうか謙也も一回帰ったんだね?」
「ま、まあな」

私服の謙也を見て、「どうせなら謙也も浴衣着てくれば良かったのに」と呟いた。
一人だけばっちりきめているというのも寂しいものである (まあきっと金ちゃんあたりが着て来てくれるだろうと期待してはいた)。

「そのつもりやったけど、浴衣、昔のしか無くて丈短くて着れへんかってん」
「そうだったんだ。男の子は突然成長するもんね」
「せ、せやな、」

どことなく挙動不審な謙也の隣に並んで、通り過ぎていく人の波を眺めた。 親子連れや、同じく部活帰りであろう制服で並んで歩く学生たちや、 浴衣でかわいくなった女の子たちや、カップルであろう人たち。
それを見て、今の自分の状況も他所から見たらカップルに見えるんだろうかと思って、 つい言葉にしていた。

「皆来ないね。これじゃ私と謙也がカップルみたい」
「は、はあ!?」
「何その顔…そんなに嫌がんなくたっていいじゃん。私だってごめんだよ!バカ!冗談じゃん」

謙也のリアクションに腹が立って、並んでいるのも癪になった私は 「皆が来るまでそのへんぶらぶらしてくる」と言って下駄をカランとならした。

「ちょ、待ちや、嫌なんちゃうわ!浴衣、似合うとるし、今日の、めっちゃかわええ!」

その声はあまりに大きかった。
ざわめき立っていた周りが一瞬だけこちらを振り向き、静かになった。 その事で謙也も自分の声がでかくて、それでいて恥ずかしい事を言ってしまったと気付いたのか 私の腕を取って早足でその場を立ち去ろうとした。
いつもと違って下駄だった私は、歩きにくくて躓きそうになりながら。 それでもその腕を振り払おうとは思えなくて、必死で謙也についていった。

「謙也、もっぺん言ってよ」
「はあ!?」

茶化すように、背中に声をかけた。
振り返った謙也の頬は、うっすら赤かった。


アホかそんなん
二度と言わんわ



(部長、どうしはるんですかあの二人)
(そうやなあ。完璧出て行くタイミング逃したなあ)
(ええやないのほっとけば。後は若い二人に任せましょ!)
(俺は小春がおればどうでもええわ。小春ぅ、似合うとるでえその浴衣!)
(白石ィ!!いつになったらうまいもん食うてええのん!?早く屋台行こうや!!)
(ん〜金ちゃん、今日は好きなだけ食うとええよ。全部謙也が奢ってくれるで)
(ほんまか〜!?)
(…部長、えげつないっすわ)
(当然やろ)