雨が降り出しそうなどんよりした空だった。
だけど今日の私にはぴったりな気がする。
朝から不吉な事ばっかり。朝食の準備をしてたら皿を割った。 ポーチのチャックに引っ掛けて爪が割れた。 正座占いは最下位だった。玄関先で躓いた。
久々に謙也とのデートだったのに。私の心はどんどん落ち込んでく。
365日調子のいい人なんて存在しないのはわかってる。けど何も、 とっても運のない日が今日じゃなくたっていいじゃないか。

謙也とは高校の時から付き合っている。A型女の私とB型男の謙也が よく続くものだと周りの女友達から茶化されたのが懐かしい。
血液型で相性の可能性を推し量るのは占い好きの女子だけだ、と謙也はそのたびに不機嫌そうにしていた。
実際私たちはそれなりにうまくやってきたと思う。 喧嘩もたくさんした。けれどその分笑ってきた。
進む道の違いから大学からバラバラになって、就職をしてからは お互い仕事になれるのに必死であまり頻繁に会えなくなった。 それでも私たちはお互いの事がずっと好きなまんまだった。
実家を出て一人暮らしを始めた私のアパートに謙也はたまに泊まりにくる。 だからおそろいの歯ブラシやパジャマも買った。 万が一結婚して、一緒にすむ事になったらこんな感じなのかなと一人思ったりする事もある。

そんな私たちはこの二ヶ月程、なんだかんだ疎遠になっていた。
メールはするけど電話はしない。夜遅くにする長電話は余計お互いを寂しくするだけだからって。
だから今日会おうという事になって私がどれ程この日を楽しみにしていたか。 (神様というものがいるとしたら、延々と語ってやりたいものだ)

謙也は待たされるのが嫌いな人だから、物凄く早く行ってやろうと家を出たというのに電車が止まった。
真っ暗なトンネルの中で何があったのかわけのわからないまま何十分も待たされて。 電波の通じない携帯を無意味にパカパカ開け閉めした。
行ったり来たりを繰り返す係員の襟首を掴んでゆすってやろうかと考えたけれど、 それは他の乗客がやっていたから止めておいた。 彼らにとってもこれは予測していなかった出来事であり、私同様不幸なのだ。

やっと待ち合わせ場所についた頃には2時間は過ぎていて、そこに謙也の姿は見えなかった。 携帯が通じるようになってから何度も遅れる、ごめんねとメールを送った。 けれど謙也から返事はなかった。 何度も電話をかけた。 けれどやっぱり謙也から返事はなかった。

初めてデートした時、待ち合わせた噴水。そこで私は立ちすくんだ。 思い出の場所が疎ましい場所にかわるなんて。 悲しくて、苛立っていて、悔しくて、咽のおくから笑いがこみ上げてきて。
泣きながら笑っていたら、雨が降り出して。
よろよろとベンチに座ろうと歩き出したら右足のヒールが折れた。

(最悪だ)

朝から悪い事ばかりだった。
昨日の夜、どんな服を着ていこうとうきうきしていた私はどこへ行ってしまったのだろうか。
大声を出して泣きたかった。
けれどそれは、社会人になった私の心がゆるさなかった。
だから余計、むなしくなった。

!!!」

最初は空耳だと思った。大好きな声が私の名前を呼んで。
ぐちゃぐちゃになった顔でなりふり構わず辺りを見回すと、遠くに謙也の姿が見えた。 強い雨足で降り注ぐ雨によって地面にはすぐに水溜りが出来た。 それをばちゃばちゃと避けもせずに、謙也はまっすぐ私のところに走ってきた。

「う、うわあ〜〜〜〜〜んけんやぁ〜〜〜〜!!!」

ばちゃばちゃ、
ざあざあ、

うるさい周りの音にかき消されないように、私は叫んだ。
折りたたみをさす人、濡れまいと走る人、木下で雨宿りを試みる人。 砂場で遊んでいた子供たち、手招く母親たち。 色んな人が私たちを振り返った。

そんな中、私はヒールのおれた靴を脱ぎ捨てて。
それを、近づいてきた謙也に向かって投げつけた。

「ばっかじゃないの!!?あんた、何で電話でないの!!!メール返してよ!!!」
「痛って…っ、携帯落としてもうて真っ二つや!!!見れるわけないやろドアホ!!! お前かてどういうつもりやねん!!俺、待つの嫌いなんわかっとったはずやん!!!」
「電車とまったんだもん!!!私のせいじゃないもん!!!でも私、ちゃんとっ来たもん!!!」
「ほんまかい!!俺、お前が途中で事故にでも会うてんちゃうか思って、必死に、必死に 走り回ってもうたやん!!!」
「だって、だってえっ、」

まるで子供が泣くみたいに。
謙也を見たら安心してわんわんと声を上げて泣いてしまった。
そんな私を見た謙也は笑わなかった。投げつけたどろだらけになった靴をそっと拾って私の足元に置いた。 それからびしょびしょの服のまま、静かに抱きしめあった。

なんでこうなったんだろう、久々だから気合を入れて洋服を選んでばっりちメイクもした。 可愛いなって言ってもらいらかった。
だけど私はずぶぬれで。どろだらけの折れたヒールで着飾って、 汗だったり涙だったり雨だったりで顔はどろどろで。

だけど謙也は何も言わずに抱きしめてくれた。
耳元で「ごめん」と何度も囁いてくれた。
(ごめんね、謙也は悪くないのに)

しばらくして私が落ち着くと、謙也はそっと離れて「お前全身ぐちゃぐちゃやんか」と言って やっぱり笑った(けど、別に腹が立ったりはしなかった)。
そんな意味不明な私たちを、人々は立ち止まってみていた。

「あのね、今日は朝から悪い事ばっかりだったの」
「なんや、俺もやった。俺らやっぱ似とるんやな」
「そんなとこまで一緒はやだよ」
「あんな、ええもんやるわ」
「うん?何突然」

雨の音は遠くに聞こえていた。謙也の声だけが私の耳に届いてくる。
久しぶりの声を、ひとことも聞き漏らさないように私は神経を研ぎ澄ませていた。
見た目はぼろぼろだけど、それは謙也も一緒だった。 いつもよりきまっててかっこよかった。 それは、晴れていたらもっとかっこよかったのかもしれない。 けれど今の私には、今の謙也がお似合いだった。

そんな謙也は突然一呼吸おいて、咳払いをした後、大声で私の名前を叫んだ。

!!!」
「うん!!」
「結婚してくれ!!!!!」

突き出された左手には、小さなサイズの箱があった。
こういうの、映画とかドラマとかで見た事ある。このサイズの箱の中に入ってるものは、 私の欲しかったものかもしれない。
いや、でも謙也の事だから、そんな事はないかもしれない。
あけたらびよよんって何かが飛び出してくるかもしれない。

(あれ、それより謙也、今なんていった?)

「は?」

私より周りの方が驚いているようだった。
さっきから興味深くこちらを伺っていた人たちが驚いた顔でこちらを見ていた。 中には高らかに拍手をしている人もいたくらいだった。
それにつられて何だ何だと芋づる式に人々は立ち止まっていく。 これは何の見世物なんだというくらいに人が集まったころ、謙也がまた大声で「返事は!!!?」 と不安そうな顔で、それも耳まで真っ赤にした顔で、叫んだ。

その声は、少し裏返っていた。


Paint the town red
(街での喧嘩)



ファイアフラワー聞いてたら謙也のプロポーズ話が書きたくなったのでした。
二人とも朝から悪い事続きで、何か喧嘩しながらプロポーズしたりしそうだなと思って。