結局昨日は返事をする事が出来なかった。
「謙也の事は大事な人だと思ってる、だからよく考えてみる」
って精一杯の返事をして、慌しく部室を飛び出して家に帰った。 ぼーっとしたまま夜が来て、次の日なんか来なければいいと思っていたけれど 月曜日はちゃんとやってきた。
いつもは朝早く登校するのだけれど、出来るだけ謙也と顔をあわせたくなくて わざとチャイムギリギリにつくくらいの時間に家を出た。
昨日から謙也の事ばかり考えている。 笑った顔、困った顔、怒った顔、思い出す事に関しては材料がいっぱいあって どれも大切な思い出ばかりだった。
(私って、こんなに謙也と一緒に過ごしてたんだなあ)
改めてそう思って。 謙也はいつから私の事を女の子としてみていたのだろうか、とそんな疑問がふと浮かんだ。 女の子らしい事なんかあまりしてこなかったのに。 そんな私が、いいと言ってくれているのだろうか。そう考えると嬉しかった。

ぐるぐる考えごとをしていたら昇降口で予鈴が鳴って、ああ、教室に行かなくちゃ と重い足取りで靴箱へ向かうと走ってきた謙也と目が合った。 彼も同じ事を考えていたのかもしれない(なんて、似たもの同士)。

「あ、おはよ…う」
「お、おう」

ぎすぎすとした感じで靴を履き替えて、向かうクラスは一緒だから当然肩を並べて 歩くことになってしまった。 ここで変に「先に行くね」なんて言ってしまったら意識しているのがバレバレで。 妙に恥ずかしい気持ちになるだろうと思ったから。

「「あの(さ)」」

そしてこれだ。いつもだったら笑うところだけど、今日は違った。
気持ち悪い譲り合いをした後、謙也が「いや、いい天気だなって」と空笑いをして そこで会話が終わってしまった。
ちょっとしたところが似てたり、ツボが一緒だったり、こんな風にタイミングが合う ところが、一緒に居て楽しいと思うところだった。 それなのになんだろう、この居心地の悪さ。
(謙也が、好きだなんて言うからだ)

結局会話のないまま教室に入って、お互い席に向かってしまえば離れてしまう。 今日ほど、席が離れていてよかったと思った事はない。
だけどそんな私たちの様子を目ざとく見ていた白石(残念な事に前の席だ)が、 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて振り向いた。

「何やどないしてん。えらいよそよそしいなあ君たち」
「別に…」
「手ぇくらい繋いでみたらええんや」
「何でそうなんの!」

私の反応が面白いのか白石は薄く笑った後、声を潜めて私に言った。

「昨日、告白されたんやろ」
「!!」

満面の笑みでそんな事言われて、私の顔はボンっと効果音がつきそうなくらい一気に真っ赤になった。
その後、なんで私がこんな想いしなきゃいけないんだと自己嫌悪して、 (全部謙也のせいだ!)と頭の中でひとしきり謙也をぼこぼこにしてやった。

「な、なんでそのこと…」
「残念ながら部員はみーんな知っとるで。かて変だと思ったんやろ? 今日に限って部室に誰も残らんて」
「お、思ったけどっ、白石と銀ちゃんは残ってたじゃん、」
「謙也が、ふられた後一人やと嫌やって。俺も丁度もうちょっと打ちたかったしな」
「ひっ、ひど、みんなして、」
「謙也、さみしがっとったで〜。まあアドバイスとしてはな、 告白の先延ばしはお互い辛いから止めた方ええで。まあ俺は二人見てて面白いからええけど」
「あああもうやだ、今日部活行かない、みんなの顔が目に浮かぶ」
「そんな理由での欠席は認めへんよ」
「おに…」
「せやから早くオッケー言えばええやん。まんざらでも無いんやろ?」
「…わかんないんだもん…好きだけど今まではライクだった」
「へえそれは意外やった。もラブやと思ってたわ。自分、 気付いてへんかもしれんけど謙也といる時雰囲気弱冠やわらかいで」
「それは、居心地がいいからであって」
「恋愛はその先にある感情や。ちゅうか、見てみ謙也」
「?」

白石に耳打ちされて謙也の席の方へと視線を送ると、 親指でも噛みそうな勢いで白石を睨んでいる謙也がいて。 私の視線に気付いた瞬間には昨日みたいに顔を真っ赤にさせた。
その様子を見て私までつられて顔に熱があつまった。(なんなの、もう)

「はっは、ほんまおもろい。二重人格同士みたいやで」
「しょうがないじゃん!」

これ以上からかわれてたまるもんかと顔をふせると丁度本令がなって、 タイミングよく入ってきた先生によって私たちの会話は終わった。
それにほっとしたのも束の間、私の頭の中にはまた謙也に対する想いが溢れてきてうんざりした。
恋愛がこの先にある感情だっていうんなら、私は出会った頃から謙也が好きだった。
(ねえ、謙也はいつから気付いてたの)



ちっとも頭に入ってこない授業がやっと終わって、極力部員と接触することを避けた部活も なんとか無事に終える事が出来た。 部活中は真面目にやらないと白石から怒られるという事もあってか、 そわそわと視線こそ送ってくるものの茶化される事はなかった。ありがたい。 もう何だか罰ゲームでもさせられている気分になって、一発くらい謙也を殴っても 神様は許してくれるんじゃないだろうかと考えた。

ボールの籠を倉庫に片付けに行って、鍵を閉めていると後ろから足音が聞こえてきて。 それが謙也だとわかった(わかってしまった)私は、鍵穴に鍵を差し込んだまま立ちすくんだ。

「あ、っと…ボール、場外にあぶれたん拾ってきたんやけど…その、もう閉めたんならええわ」

伸びた影が私に重なって見えていて、その事が余計謙也がそばにいることを意識させる。 振り返ったら、謙也はどんな顔をしているんだろうか。 振り返ってみたい、けど、振り返りたくない。
どんな顔してみればいいのか、わからない。
思い返せば昨日からまともに謙也の顔を見ていなかった。 そうなってくると、3年も一緒にいたのに謙也がどんな顔をしていたのかすら 思い出せなくなっていた。

そう思ったら、あっさり振り返っていた。それは、無意識に近かった。

「一緒にいたいって思うのって、もう恋なの?」
「う、えっ?」
「私、謙也と一緒に居て楽しいし、もっと一緒に居たいって思うけど、」

何だか久しぶりに謙也の顔を見た気がする。
その顔は、私の記憶の中よりもずっと男前でかっこよかった。 前からこうだったんだろうか、不思議に思う。

「謙也は、いつから恋だって思ったの?」
「…そんなんわからんわ…気付いたら、抱きしめてキスしたいっていう気持ちになっとった」

頭をぽりぽりとかきながら、ぼそぼそと喋る謙也を見てたら。胸の奥がじんわり熱くなった。 (こういうのが恋なのかなあ)

「なあ、、俺おかしいんかな。俺、お前の一番特別でおりたいねん。 白石と一緒に居る見てると焦んねん。やから、いっその事告ってまおうって思て、昨日」
「…もしかして、嫉妬してたの?だからあの顔?」
「しょうがないやんか!好きやねん!!」

(嬉しい)(のかな)(いや)(くすぐったい)(のかな)
好きって言われると、恥ずかしいけど嬉しいもんなんだ。
こういう気持ちが延々と続いていて、それが相手を愛してるってことなのかも。

「わ、私も…好きだよ、謙也の事…たぶん」
「っ!ほっ、ほんま、ほんまか!?お前それ、冗談とか言ったらまじしばくぞ!?」
「頑張って言ってるのに茶化さないでって、謙也が言ったんじゃん!」
「っ〜〜〜〜」

謙也は思いっきりなきそうな顔をして、その後拾ったと言っていたボールをボロボロ 溢しながらよろよろ近づいてきて。 私の目の前に立つと、遠慮がちにぎゅっと抱きしめてきた。

「…………」
「…………」
「……な、何か恥ずかしいねこれ…」
「……そ、そうやな…」

そろそろとお互いはなれた後、目があって。何となくキスする時みたいな雰囲気っぽくて。 (いや、それはまだムリ、絶対ムリ)と思って視線をそらした。

「露骨にそらすなや!」
「だ、だってさ、相手謙也とか」
「お前なあ!泣くぞ!!」
「もう泣いてんじゃん!!」

友達って名前から、恋人って名前に変わっただけのようだった。
一日分、変な間があいたけれど私たちはいつも通りで。 そんな謙也がすきだなあと改めて思う事が出来た。
多分、恋人になったのだと実感するのはもっと先なのだろうと思う。
けれどそんな未来の事を考えると、少しだけ心があったかかった。


Jekyll-and-Hyde
(二重人格者)