「謙也は教科書の順番に覚えようとするからダメなんだよ。 こうやって年号順に自分で表にしていって、って聞いてんの!?」
「あ〜〜〜〜〜もう限界や!カタカナばっかで頭くんねん!!外人名前似過ぎや!長すぎやし!」
「あんたね、休日返上で付き合ってやってんのにその態度…殴るよ」
「俺かてさっき数学教えてやったやんか。ギブアンドテイクや」
「私はそんないい加減な態度じゃなかったでしょ。謙也と一緒にしないでよ」

何か言い返そうと考えあぐねた謙也は結局言葉が見つからなかったのかふんと鼻を鳴らして シャーペンを転がした。 イスの前足を浮かせて退屈そうにぐらぐら体を揺らしながら謙也は部室の窓から外を眺めた。
外からは白石と銀ちゃんの打ち合う音が聞こえてきて、謙也はそれも気になるようだった。

「…そんなに気になるんなら、課題やってくなんて言わずにコートに残ればよかったじゃん」

日曜日は基本的に午前中しか部活をやらない。 午後は自由練習になっていて、最後に部室を出る人が鍵当番という事になっている。
だから部室でだらだらする事も出来るわけで、いつもなら暇をもてあました輩が コートで打ち合ったり部室でごろごろしたりとごちゃごちゃ残っているのだけれど、 今日に限って用事があるだの腹減った飯行こうだのとぞろぞろ居なくなって。
結局白石と銀ちゃんがコートに残り、何でか二人きりで私は謙也と残る事になったのだった。
と、言うか乾燥機にかけていたタオルやTシャツをとって帰ってきたら、謙也しか部室に残っていなかった。 「帰らないの?」と聞くと「もう少し居る」と言ってしばらく沈黙した後、 「世界史教えてくれへん?」と言ってきたから今に至る。
けれど謙也は勉強には集中しないし、コートも気になってるしでそわそわ状態。

「ねえ…ねえってば」

声をかけたものの、何を浮付いているのか私の声は届いていないようだった。
(付き合ってられない)

「私、帰るよ。不毛すぎ」

わざと大きな音をたててイスを引いて立ち上がり、机に広げていたものを鞄にかきいれて部室のドアへ 向かおうとした。 すると、さすがに謙也も焦ったのかパシッと私の手首を掴んできて。
その手の熱さにびっくりした。

「うわ、謙也手めっちゃあつい!熱あんじゃないの?」

どれ、と額を触ろうとしたら凄い勢いで後ろに引かれて、 バランスを崩した謙也が私と反対側に倒れていった。
(前足浮かして遊んでるからそうなるんだよ)
派手な音を立てて背中と頭を打った謙也は目に涙を浮かべていた。

「ちょっと、大丈夫?ばっかだなあもう」

ゆっくりと起き上がったところに、横にしゃがみこんで背中と後頭部についたほこりをはたいてやる。 謙也の様子からしてどうやら大事にはいたらなかったようだ。

「ねえ、何か謙也今日変だよ」
「………」
「だんまりなとこも変。何かあった?私でよければ相談のるよ」
「…好きやねん」
「うん、何が?」
「…お前が」
「はあ?やっぱ頭の打ち所悪かった?」
「お前!俺が頑張って言っとんのに茶化すなや!」
「謙也が変な事、

(言うからでしょ)
そう言ってやろうと思ったのだけれど、私は思わずその言葉を飲み込んだ。
耳まで真っ赤にそめた謙也の顔を見たら、いつもの冗談ではないのだとわかってしまったからだ。
(でも何で、このタイミングなの)
(もっとロマンチックなタイミングとかあるじゃん)
(ていうか、何で今日なの)
(外に、白石と銀ちゃんいるじゃん。いつ入ってくるかわからないじゃん)
(ここ、部室だし)
必死に謙也の告白を解釈しようと思ったが、私の頭に浮かぶのは不満ばかりだった。

「…返事は…」
「へ、返事って…だって私、謙也の事そんな風に思った事なかったもん…」

謙也は大切な友達で、部活の仲間でもあった。 1年生の頃から同じクラスで、中々クラスに馴染めずにいた私にも謙也は優しくて。 それで気付けば大切な存在になってた。
私が女だからって謙也は遠慮したりしないし、だからこそ同性の友達のように 砕けあった中でいられることが嬉しかった。
(なのに、なんで今更、)

「じゃあ考えてや。俺、本気やから…」

好きか嫌いか聞かれたら間違いなく、好きだ。
でもそれが恋愛感情からくる所謂『愛してる』の好きなのかどうか私にはわからなかった。

「私…」
「ん…」
「だって、謙也は…」

(そんなそぶり一度も見せなかったくせに)
(急に恋する男の子になっちゃうなんて)
(ずるいよ謙也)

二人して真っ赤な顔をしながらしゃがみ込んで、お互い相手の出方を伺っていた。
声はどんどん小さくなって、外の音にかき消されてしまいそうだった。



I dunno(わからない)