かったるい授業中、開いてもいない教科書の表紙をちらりと見て、
それから黒板を見て、ゆっくりとした抑揚の無い声で独り言をしゃべる教師を見る。 どれも興味がわかない。 窓の外を見降ろすとグラウンドではグループに分かれてサッカーやらタッチラグビーやらを生徒達が楽しんでいる。 退屈な授業よりは体を動かす分マシかもしれないと思っていたら、 授業中の教室内にはふさわしくない音が鳴った。 『ぴよ ぴよ ぴよ ぴよ』 ヒヨコのようなその鳴き声は電子的で、結構な大音量だった。 一瞬でざわめき出す生徒を前に、教卓に立つ教師が「誰だー携帯鳴らしてるやつ、止めろー」 と間延びした声で注意を促す。 「まじで誰だよ」「ヒヨコとかうけるし」「早く出てやれよ」などと笑うクラスメイトを眺めながら、 (うるせえな)と思っていると隣の席の女子生徒が躊躇いながら俺の肩を軽くたたいた。 「あの、亜久津くんじゃない?」 「ああ?」 そんなわけあるか、と思ったものの言われてみればそのうるさい音は近くから聞こえており、 鞄に突っ込んだまま放置していた携帯を堂々と取り出してみればそれは一層うるさく鳴いた。 (パカリとあけると『』という名前が点滅している) 俺の手に携帯が握られると、茶化しあっていたやつらが一斉に静まり返り教室内の空気が凍りついた。 唯一物おじしなかった教師が「おい亜久津ー授業中だぞー」と相変わらず覇気の無い声で言う。 けれどそんなのお構いなしに、俺は通話ボタンを押した。 「てめえ!後で殺す!!」 大きな怒声がきんと静寂の中に響き渡る。 「ひ、」という女子の息を呑む声が聞こえた。 俺はというと一方的に電話を切って、あとは何事も無かったようにまたグラウンドへと視線を戻した。 試合終了のホイッスルが聞こえ、散らばっていた生徒たちがぞろぞろと中央に集まってきているところだった。 放課後、やはりというかなんというか、担任に捕まって反省文を書けと言われて指導室へ連れていかれた。 面倒だから教師が部屋から出て行ったら書かずに帰ろうと思っていたのだけれど、 中には既に見知った顔があり俺はどっしりとイスに腰を下ろした。 「よっ、待ってました」 「…覚悟は出来てんだろうな」 「ちょっと、女の子に傷を付ける気?」 「てめえは女じゃねえ」 「失礼な」 「お前らなあ」と呆れながら、「書いたら職員室に持ってこいよ」と言って教師は部屋を出て行った。 カリカリと机を走るシャーペンの音が規則正しく聞こえてくる。 しばらく無言でその音を聞いていたけれど、一向に筆をとらない俺には顔を上げてこちらを見た。 「あのねえ、」 「てめえのせいだろうが」 「そうだけど、まさか出ると思わなかった。おかげで携帯使ってんのばれて私まで反省文」 「自業自得っつーんだよ」 「自分だって。私、わざわざゆるい先生狙ってかけてたんだよ。 理科の多田先生は鳴っただけで反省文書かせたりしないんだから。 それに比べて私のとこは数学の佐藤。サイアク」 「そうかよ」 (だけどお前が撒いた種だろうが)そう思いながら昨日のことを思い出していた。 こんなことになったのは、昨日晩飯のお裾分けに来たというこいつを優希が家に上げたせいだ。 隣の家に住むこの女とは歳が同じだったせいで幼馴染という名前の付く間柄になった。 俺としては全く迷惑なことだが、片親だったうちの家庭にの家が何かと世話を焼いてきて、 それでこんなことになった。 で、リビングでテレビを見ていた俺を見ながら優希が携帯の話しをしはじめて、 「仁ったら携帯買ってあげたのに使い方わかんないって私のメール無視するのよ」 と小言を言った。 それがきっかけだった。 無造作にテーブルに置いてあったまっさらな携帯を勝手にがいじりまわし、 ここをこーするだの何だのと一人で喋りまくり (俺が聞いていないとか煩いと思っている事だとかはこいつは全く気にしない)、 「じゃあまた」と優希に挨拶をして自分の家に帰って行った。 たぶんその時に勝手に着信音をかえ、おまけにマナーモードとやらを解除していったのだろう。 「ふう」と一息ついたが、俺の目の前に置かれた真っ白な作文用紙とさっきまで自分が書いていた用紙をトレードする。 が何も言わなかったので、俺も無言でその紙を一瞥すると名前の欄には『亜久津仁』と書いてあった。 どうやら勝手に代筆をしていたらしい、字もよく見るとこいつの字っぽくはない (細かい癖はごまかせていないが、生徒の事をよく知らない教師たちの目はごまかせるだろう)。 相変わらずカリカリと一定のペースでシャーペンを走らせるの横顔はどこか楽しそうだった。 「あのね、悪いとは思ってるんだよ。だから残りの授業中はずっと反省文の内容考えてた」 「へえ」 「ありがとう、とか無いわけ。親しき仲にも礼儀ありって」 「てめえが勝手にやってんだろ」 もの好きだなあと思う。 自分だって親に言われて仕方なく俺と仲良くしているんだろう (そんな風には見えないが、俺はその事実をあまり認めたくない)に、 いくら俺に悪い噂がたってもいくらシカとしてやっても、 こいつは勝手に俺に世話をやいて勝手にしゃべり勝手に満足する。 「まあそうなんだけど。いやあそれに、仁はクラスで浮いてそうだからさ。 可愛い着音の持ち主があんただったら、女の子も話かけやすくなるかなあって。 ほら、ギャップ萌えってやつ。流行ってるし」 (逆に怯えてたぞ) とは言わなかったが、俺は小さく笑った。 しばらくした後、反省文を書きあげたは大きく伸びをした。 「よし、帰ろう」と言って俺の分の用紙を取り上げる。 俺はやっぱり何も言わずに、そいつの後ろを追いかけた。 久々に20.5を見たら、亜久津の持ち物検査で携帯の説明欄に、 「優希に持たされたが使い方がわからず触ったことがない」って書いてあって思わずふいてしまいました。 あんまり意外だったので。ネタにするしかないと思ってつい。 |