01:)肩を抱く (ピアス千歳ver)

「ねえ、何で千歳くんのピアスって片方だけなの?」

眠そうに欠伸を噛み殺しながら前髪をかき上げた千歳くんの左耳に、 きらりとそれが光って以前から気になっていた疑問が浮かび上がる。 ピアスって2つセットで売ってるものだし、基本的に両耳につけるものだと思っていた私は前からそれが不思議だった。
(片方は失くしちゃったとか?)と考えて反対側の耳たぶを覗き込んで見ると、 ピアッサーを通した形跡すらない。

身を乗り出していた私の頭が彼の正面の丁度いい位置にあったからか、 ぽんと千歳くんは私の頭を撫でながら「気になっと?」と微笑んだ。
「うん」と素直に返事をすると、「ん〜どうすっかねえ〜」と意地悪に目を細める。

「オシャレってわけじゃないんだ?」

その様子に一つ例を挙げてみると、千歳くんは小さく首を振った。
「片方失くした?」「片方開けたら思いのほか痛くて右は諦めた?」 など、思いつく簡単な理由を述べてみるが反応は同じだった。

これはあまり考えたくなかったのだけれど、私はある一つの可能性(それでいて、 結構当たっているんじゃないかと思ってた)を提示してみる。


「大事な人と、半分こにした…、とか?」


自分で言っておいて勝手に落ち込んでいる私がいて、(傲慢だなあ)と目を逸らす。 彼がこれまで誰とどんな風に付き合ってきたかなんて現在があればいいと思ってた。 彼はあまり詮索を好まないし、私も過去に執着するようなタイプじゃなかったし。
ただなんとなく、いつも身につけているものというのは気になってしまうものだ。

(それに、ピアスの起源は離れ離れになる恋人がまた一対に戻れるようにとお守り代わりにつけていたのだと聞いた事がある) もしかしたら千歳くんが九州を離れる時、そんな意味合いを持って別れた人が居るのではないかと想像してしまう。


自分で思ったよりも私のへこみ方があからさまだったのか、 千歳くんがくすくす笑って「先走りすぎたい」と言って私の頬を指先で擽った。

「確かに、大切な約束の意味ば持っとるけど相手は男やけんね」
「……えっ、カミングアウト!?」
「ぶは、何でもかんでも恋愛に結び付けすぎったい」
「あ、そうだよね、ご、ごめん」
「だけん、貰ってもらえんかったけんもう片方もまだ俺が持っとう」

そっと、左耳に触れる千歳くんの指先が切なそうにそれを撫でる。
その仕草にどきりとしながら、私は千歳くんの中にいる彼の大切な人を思い浮かべた。


「あげてもよかよ」


遠くの方を見ながら千歳くんがそんな事を言い、それからもう一度、 今度は私を振り返りながら「(私になら、)よか」、と優しく笑った。

その時私は、千歳くんが私にも約束をくれるような気がして嬉しくなったのと同時に、 (それは私を『届かなかった想い』と挿げ替えるという事なのだろうか) とちょっとだけ悲しくなって。
「そんな事簡単に言ったら駄目だよ、大事なものなんでしょう?」と俯いた。

すると千歳くんは「優しかね」と肩を抱いてくれた。


(そのぬくもりが今は私だけのものなのだと思うだけで、私は少しだけ安堵する事が出来た)



片方のピアスへの願掛けが、橘との再会や再戦だったら、という話。
もしそうなら、当時の橘は受けとらなかった(受けとる資格はないと思った)んじゃないかなと。
もっと前から開けててお洒落を楽しんでる千歳もいいと思う。

余談ですがシェイクスピアも左耳に一個だけピアスをしてたとか。