アイドルに対するあこがれに、似たようなものだったのだと思う。 届かないものだからこそ追いかけたくて、よく知らないからこそ(私の知る限りの)彼の全てが好きになった。
きっかけは何だったろう、そうだ、ただ目が合っただけだった気がする。
同じクラスになって、彼が意外に面白い人だと知って気がつけば自然と目がいっていた。 そしてそんな私に吸い寄せられるように、彼がこちらを見たのだった。
   
がやがやと騒がしい教室は昼休みを迎えていて、 食堂やら学校内のどこかやらへ散っていって空いていたクラスメートの机を寄せ集めて私は友達とご飯を食べていた。
昨日のテレビの事とか、今朝の芸能ニュースの事とか、取り留めのない会話を繰り返す。 (女の子の会話はころころ変わって忙しい、って誰かが言ってたけれど本当にそうだ。 ひとつキーワードが上がれば、そこにどんどん肉付けされていって、それが延々と繰り返される)
そんな中、一人の友達が「そう言えば、」と切り出した。

「今週の日曜日、商店街でお祭りあるって」
「あ、それうちもお母さんから聞いたわ。街興しがどうのとかって、今年からやるらしいよ」
「へえ、でもどうせあれでしょ?何かローカルの年寄りくさいのじゃないの」
「んーん。何か結構派手にやるっぽい。やぐら組んだり地域の子供が神輿担いだり、屋台も結構来るって」

(日曜日かあ、見たいテレビあったんだよなあ)と、特に興味のわかなかった私は「ふうん」と言ってパックのジュースを啜った。
けれど他のみんなは「行ってみようよ」「浴衣着てこうかなー」なんて結構ノリ気だったりして、 私は小さな声で「ええー」とだけ言ったのだけれど、「もちろんも行くよね!」という言葉にかき消された。
私も、(まあ、みんなが行くなら行こうかな)という気分になってきて、 なんだかんだ満場一致という事で日曜日は浴衣で商店街コースに決定したのだった。

放課後商店街に下見に行ってみると、既に提燈が連なっていてそれだけでお祭りの雰囲気が出ていた。
実際現場に来てみると、当日自分がここを歩いている姿が想像しやすくてみんな無駄にテンションが上がってしまい、 果ては『好きな人と偶然遭遇』したらどうするなんてもしも(本当にもしも、だ)の話に花を咲かせ、 その妄想作用のおかげで当日は是が非でも浴衣を着ておめかしし、 学校では見せられない女の子らしい一面を見せつけてイチコロにしてやるなんて画策した。
正直、そんなのありえないだろうと思っていた私もちゃっかり乗り気になったりしていて、 家に帰ってお母さんに「ねえ、浴衣ってどこにしまってある?」なんて聞いたりして。


そしてそわそわした妄想女子達の、本番当日がやってきた。

「ちょっとあんた、グロスいつもの倍じゃない?」
「そっちこそ、マスカラ何度付けですかー」
「みんな気合い入ってるね」
、あんたもね」

人ごみではぐれたりしないようにと、商店街から少し離れた公園に集合した私たちはまず、 お互いの外見を確認して笑いあった。
浴衣を着て、お化粧をして、髪をアップにしたりしている友達はみんないつもより輝いていてどこか大人びていた。 自分もそんな風に魅力的になれているのだろうかと不安になる。
(いや、ありえない、ほとんどありえないけど無くはない)
(もし、もしも彼に会ったら)

「そういえば男テニは部活終わったらみんなで来るとか言ってたよね」
「え、そうなの!?」
「ああー、菊丸がはしゃいでたね」
「いつ!」
「「ってことは〜〜〜」」

みんなそろったしそろそろ行こうかと下駄を鳴らして歩き始めた頃、友達二人が思い出したように話し始めて、 何だか嫌な予感がしたのだけれどやはりその矛先は私だった。
ニヤニヤとした顔でこちらを見てくる二人にあっという間に両脇を制され逃げ場がなくなる。

「不二周助も来ますなあ〜」
「もちろん、来るでしょうなあ〜」
「ええですな〜」
「ええですね〜」
「ちょ、ちょっと、でも会えるかわかんないじゃん、」
「いや、会えるよ。菊丸から彼らが何時頃行くのか聞いてうちらの集合時間設定したから」
「え?」
「ほほほ、お祭りの話、実は偶然じゃないのよ〜」
「えええええ??」
「あ、噂をすれば」

混乱する私を余所に、友達は突然ぶんぶんと腕を振った。
立ち止まってそちらを見ると制服姿の菊丸くんがジャンプしながら手を振っていた。 菊丸くんの周りにいたテニス部のメンバーの数人(大石くんとか、乾くんとか、)も何事かとこちらを振り向くのが見える。
知り合いがいるという事実(しかも偶然じゃなかった)に、いつもと違う自分が急に恥ずかしくなって、 私は今すぐ自宅へ帰りたい衝動に駆られた。

「うっわ〜、何かみんな学校にいる時と雰囲気違う」
「本当だ、何だか大人びて見える」

なめまわすような視線を向けてくる菊丸くんに心臓が金切り声をあげる。
今日ほど菊丸くんの無邪気で素直な性格を憎いと思ったことはない。
同年代の男子にそんな風に言われることがこんなにも恥ずかしいことだと思ってなかった、 つられて感想を言う大石くんなんかちょっと照れて頬を染めており、 便乗して私の頬まで熱くなって来るじゃないか。
乾くんは無言でノートを取り出すし、全くそのすらすらと走るペンが何を書き連ねているのか考えるだけでぞっとする。

「でしょー、滅多に無いことなんだから目に焼きとけときなさい」と冗談めかして言う友達が羨ましい。 いっそのこと私もそんな風に茶目っけのある女の子になれればよかったのに(私にはそんな勇気無い)。
「どうせ男だらけなんでしょ、花添えてあげるから一緒に回ろうよ」という友達に菊丸くんは 「よっしゃ」と大袈裟にガッツポーズを取った。 すると友達が横からちょいちょいと私をつついて、(これでそのうち不二と合流出来ると思うよ)なんて耳打ちしてきた。

もちろんここに来るまでのプロセスとして、『好きな人と遭遇』というテーマがあったわけだけれど、 いざ現実を突きつけられると本当にだめだ(私ってこんなに本番に弱いタイプだったのか)。
完璧に挙動不審になる私に、「さん大丈夫?」なんて大石くんが優しく声をかけてくれて、 そんな彼も(自分がいつもと違うせいか)学校で見るより魅力的に見えた。



出店がずらりと並ぶ一本の通りは、たくさんの提燈の薄あかりに照らされていた。 こないだ来たときは広く見えたそこには、光に集まって来た虫たちみたいにたくさんの人で溢れていて(表現がちょっと悪いけど)、 うっかりはぐれてしまったらどうしようと言うほど盛り上がっていた。
チョコレートがけのバナナの甘いかおりとか、焼きそばのおいしそうなソースのにおい、 香ばしい焼きとうもろこしのにおい、かき氷シロップのひんやりとした甘いにおいが人とすれ違うたびにかおってくる。 屋台だけじゃなくて、通り過ぎる人すらもすでにお祭りの一部分になっていた。

人ごみに入ってしまえばいろんな事に目移りして、さっきまでの恥ずかしい気持ちをすっかり忘れ私は浮かれていた。
背の高い乾くんのおかげで、私たちは彼を目印にして歩いていたしこれならちょっと離れても大丈夫だろうと私は容易な考えでふらふらと定まらない足取りでいた。



そして気付いた時には、(あれ、みんな…どこ、)状態である。
ただしそれには訳があって。
(だってたくさんの人の中に、不二くんが見えた気がした)
一人きりになって立ちつくしながら尚、私ははぐれた友達よりもその影を探していた。
カラン、と一歩踏み出した時、ふいに、そんな私の腕はつかまれた。

さん、だよね?」
「え?」

振り返るとまさか、まさかの不二くんで。
(いやあ、ドラマみたいなことって本当にあるんだなあ)なんて瞬時に考えた。

「あ、やっぱり。良かった、人違いだったらセクハラで訴えられるところだった」
「あはは、不二くんは格好いいから逆ナンだと思われるだけだよきっと」
「それはそれで複雑な気分だなあ。でも本当良かったよ。いつもと雰囲気違ったから自信なかった」

ドキリと、しんぞうが動揺する。
(もしかして変、だったかな)(お化粧、くずれてないかな)(浴衣、うまく着れてなかったかな)
不安な心が一気に漏れ出して止まらない。

「そ、そうかな」とぎくしゃくと声を絞り出す、私の手足はちょっと痺れた (不二くんが触っていたからかもしれない)。

「うん、さんてこんなに可愛いかったかなあって」
「ええ、」

社交辞令だったに違いないが、その言葉と笑顔にびっくりして私は思わず彼の手を振り払った (不二くんは細身だけど、骨ばっていてごつごつした、ちゃんと男の子の腕だった)。
その過剰反応に、彼はクスと独特な笑い方をひとつした。

「あ、ごめん、」
「いいよ。それより一人なの?英二の話では友達と来てるんでしょ?」
「あ、うん、乾くんを目印にしてたんだけど余所見してたら…って、私たちが来るの知ってたの?」
「まあね。ところでそんな解り易い目印を見失うほど何に夢中になってたのかな?」

不二くんがゆっくりと目を開ける。
すきとおった色の瞳に思わず息を呑んだ。
(なんてきれいな人なんだろう)
私が恋に落ちたとき(ふと、視線が重なった瞬間)も、こんな風な目をしていた。
(今この瞬間、私は二度目の恋に落ちた)

「あ、えっと」

言い淀む私に、またクスと彼は笑って私の手を取った。

「ちょっと意地悪な質問だったかな。とりあえず合流するまで手、つないでおこうか。 僕は目印になれるほど背が高くないから」

そう言って彼はゆっくりと歩き始めた。
口から火が吹けそうなくらいぐらぐらと煮詰まっていた私は、百面相しながら彼について行くしか、なかった。

(May I love you?)

(SeigakuVictoryForever様に提出させていただきました*20090819)
(素敵企画ありがとうございます!)