私はどちらかと言うと、大人しくって綺麗でいられるタイプじゃなかった。 元から顔も才能も普通以下で、バカ言って友達が笑ってくれる方が好きだったし、 自分の事で周りが楽しんでくれるのが何よりも嬉しかった。
だけど友達が恋をし始める、話題がわからない。だから私も恋をした。
多分、私のバカな恋の始まりはそんな単純な事だったと思う。
誰でもよかったのかもしれない。なんで不二くんだったんだろうなんてわからない。 ただ、有名で皆知っててあこがれてて、そのあこがれる気持ちを味わいたかったからかもしれない。
3年になってたまたま同じクラスになったし、席が近くなることはなかったから 会話することはあまりなかったけど。
だけど学校も夏休みに入りかけた放課後、私はまた不二くんと二人っきりで話す機会に巡り合った。

「あ」
「やあ」

この間と全く同じ感じだった。今日が休日じゃなくて平日の放課後であることと、 気温と、席替えによって不二くんの席がこの間と若干変わった事を除けば。

「また補習プリント?」
「そんなところかな」

心臓はばくばくいっていた。だって目の前の人は私が『恋』してる相手だから。 変な事言ってしまう前に去ってしまいたい、というか逃げ出したい気持ちが勝る。 もっと話していたい気持ちよりも。

「そっか…うん、じゃあ私、練習あるから…」

好きなはずの相手に対しては、中々冷たい反応なのかもしれない。 明らかに私の態度はよそよそしいし、不二くんもそれに気付いたのかもしれない。
誰だって、少なくとも面識のある人にそんな態度とられたら傷つくものだ。

「待って、少し話してかない?」

期待していたような、嬉しくないような複雑な感情のまま私の背筋が凍りついた。 けれど私の足はぎこちなくもわくわくした感情を織り交ぜて不二くんの元へと向かっていた。
不二くんの前の席に腰を下ろして、丁寧に机の上に楽器を置いて、ひざの上に置いた手を握り締めた。 何だろうこの状況。不二くんにとって私はただのクラスメイトでしかないんだから、 緊張しなくたっていいのに。 (ああ、だって私にとってはただのクラスメイトじゃないんだもんね)

「僕さ、楽器の事はよくわからないんだけど凄く器用だよね」
「何が?」
「指の動きとか、凄いんじゃない?このあいださんの練習聞いてて思った」
「聞いてたんだ!(こないだっていつだろう恥ずかしい)」
「うん」
「いや、私のは全然だめだよ。だって適当だしすぐ諦めるしやる気も無いし なんていうか、すっごくだめなの。友達の方が何万倍も上手だし、 私音楽って本当は何にもわかんないんだよね。あ、ごめん何か凄く変な事言っちゃった」

思いがけず、というかやっぱりと言うか。 対話を許されるとぼろが出る。 余計な事までどんどん話してしまうのが私の悪いクセだ。

「でも、好きなんでしょ?」
「あ、んん…多分、そうなのかな?」

落ち着いたままの不二くんの、本気なんだかよくわからない微笑にくすぐったくて恥ずかしくて 思わず顔を伏せる。 ふと目にはいった不二くんの机の上の補習プリントを見ると、 やっていないのは最後の一問だけだった。

「不二くん、テニス部って今日も部活あるんでしょ?」
「そうだね」
「プリント、早く終わらせないといけないんじゃないの?」
「うん」

不二くんの表情は変わらなかった。 不二くんは頭がよくて、苦手なものなんて無いんじゃないかって思う位全部の教科でその才を発揮する。
不二くんが問題につまっているところなんて見た事なくて、 だからきっとこのプリントの最後の問題もわからないんわけじゃないんだなって私は瞬時にそう思った。 その時ふと、この前不二くんが言っていた(人間だからね) という言葉が頭をよぎった。 もしかしたら不二くんは、

「サボってるの?」
「どうかな」

不二くんが補習プリントなんて、どう考えてもおかしいことだった。 きっと不二くんは、課題をわざと忘れてきたんじゃないかって思った。 根拠も理屈もなかったけどそう思った。
私と同じなんじゃないかって思ったからかもしれない。(至極都合のいい考え方だったけど)

「そっかあ何だ不二くんもそういう人だったんだ」
「酷いな。僕は肯定してないのに」
「でも否定もしなかったよ」
「そうだね」
「だけど今僕と一緒にいるから、さんも同罪だよ」
「同罪、かあ…はめられた気がする」

(不二くんは、もしかしたら仲間を求めていたのかもしれない。 天才とか言われて壁をはられて、手の届かない存在って思われて。 そんな風に考えられてるのを嫌だなっておもってたのかも。 私とおんなじように、他人の才をうらやむ事もあれば自分には力が無いと思うことも あるのかもしれない。不二くんは本当に天才だけど! 顔には出さないし、何考えてるのかもよくわかんないけど。) (私とおんなじ、普通の人だ、不二くんは)
そう思ったら一気にやる気が無くなってしまった。 恋とか出来た子を演じようとかどうでもいいや。 不二くんはそういう嘘をきっと簡単に見破ってしまう人だ。

「何か熱いね今日」
「夏本番も近いからね」
「私帰宅部になればよかった」
「どうして?」
「だって吹奏楽部って野球部の応援ばっかりなんだよ。テニス部の応援出来ないし」
「応援してくれる気あるんだ」
「あるよ。不二くんは特に気合いれて応援するよ」
「ふうん。嬉しいな」
「全然嬉しそうじゃないね」
「心外だな」

他愛のない話をした。 気持ちが楽だった。 今までの自分が嘘みたいに(実際嘘だった)、なんだか楽しかった。
(これからも、不二くんに「恋」をしていたいって心から、そう思った)


For reasons best known to m'self (自分にしかわからない理由で)