出来たおんなのこを演じなければいけないと思った。 だって彼があまりにも美しく秀逸で完璧すぎる人だったから(だと思っていたから)。 そんな彼に愚かしくも恋をしてしまった私は、人一倍「演じ」なければならなかった。 彼に、バカな子だって思われたくなかったから。
せめて、彼の前だけでも。



「あれ…?不二くん?」

夏が近い、休日。吹奏楽部も大会に向けて緊張し始めるので当然休日も部活がある。 練習場所を探して校舎をうろうろし、結局勝手知ったる自分の教室へと足を自然と向けてしまい 誰もいないと思っていたその部屋の中に一人ぽつんと居座っていたその人の名前を、 思いがけず容易に口に出してしまった。
(知らないフリしてもっと見てればよかった!)

「ん?さん…どうしたの?」

机の上に向けていた視線をふっとこちらに持ち上げてふわりと笑う不二くん。 その動きひとつひとつの輪郭の美しさに眩暈がしそうだった。 これが恋の病というやつなんだろうか。厄介だ。
最初から開いていた扉を少しだけくぐって、会話の糸につられて教室に踏み込む。 遠くもなければ近くもない、不二くんと私の微妙な距離。

「部活でね、場所探ししてただけ。今自主練の時間なんだ」
「ああ、」

廊下から遠いトランペットの音が響いてくる。 グラウンドで部活をする運動部は知らない人も多いけど、 吹奏楽部は校舎のあちこちで練習をする。
それを知っていてか知らずか、ちらほら聞こえる楽器の音に不二くんは納得したように頷いた。

「不二くんは?」
「補習プリント」
「え!」

自分の目の前でぴらりとそのわら半紙をちらつかせた不二くんに、思わず私は大声を出した。 あわてて大事な楽器を持っていた方の手と逆の手で口を塞ぐ。 (しとやかにしなくちゃ。みっともないとこ見せられない)

「テニス部で公欠だった時の分、提出し忘れて追課題ってところだよ」
「あ、そっか。不二くんもおっちょこちょいなところあるんだね」
「人間だからね」

くすっと笑った不二くんを見た時、何だか切ない気持ちになった。 はかなくて危うげで、何だか消えてしまいそうだったからかもしれない。
それきり会話の糸口は見つけられなくて、じゃあ頑張ってね、なんて気の利いた言葉 ひとつ思い浮かばずそれだけ言ってその場を去った。 不二くんのいる、私たちの教室の隣の隣の、そのまた一個となりの教室で 私は不二くんの事を考えながらフルートを吹いた。


(自分をつくるのって難しい。 他の子は、恋をしてどんどん綺麗になっていく。 だけど私は自分がちっぽけに見えた。 こんな風に好かれたくて自分をつくってどうするんだろう。 本当の自分を好きになってもらえないなら、そんな事に意味なんてあるのかな。)
(ぼろが出ないように会話も続けられない。もっともっと彼の声も彼の事も知りたいのに)


Ev'ry inch a man
(完璧な人)