昼休み、突然やってきたかと思ったら「今日放課後、教室で待ってるから」とそいつは一言言って去っていった。 わけもわからず「はあ?」と顔を顰めると、近くに居たクラスメイトが 「告白の呼び出しかあ?」だの「おお、ついに?」だの茶化してきた。
(くだらない)

とか思いつつも、若干そわそわしている自分が居る(情けない)。
彼女は隣の家に住む所謂幼馴染という奴で、実は俺の初恋の相手でもある。 昔はとても可愛かった、純朴で俺の後ろを「若くん、若くん」とついて回っていたあの頃は。
成長するに連れて、内気な性格が天真爛漫へと変化して多少ガサツになり、 俺の扱いも結構酷いものに変わったのだけれど。
(それでも、嫌いにはなれなかった)
(要は、今でもあいつが好きだ)

そんな相手から放課後待ってると言われて浮かれないわけがない。 それを極力顔に出さないように、俺は部活に打ち込んだ。





で、変に力みながらの教室へと向かうとそこには誰の姿もなく、 教室というのは俺の教室の事か?(確かに教室で待ってると言っただけでどこの、とは言っていなかった) なんて不思議に思っていると背後から「何してるの?」という声が聞こえた。

「…お前が呼びつけたんだろうが」
「あ、うん。そうなんだけど変な顔して入り口に立ってるから」
「お前が居なかったからだろうが」
「ごめん、暇だったからうろうろしてた」

振り返ってその手を見れば、図書館にでも足を運んでいたのだろう数冊本が握られている。
俺の横を通り過ぎて自分の席に向かうに付いて行って、「で、何なんだ」と言うと、 彼女は何やら言いにくそうに視線を逸らし、それから口をもごもごさせた。

「あ、あのね、」
「ちょっと待て」
「え?」

(もしかしてこれは、やっぱりそうなんだろうか)
放課後、誰も居ない教室に二人きり。彼女はどこかそわそわしていて落ち着かない。 こんなシチュエーションを忍足さんから借りた(無理矢理貸し出された)本で読んだ気がする。
これは、あれだ(期待していたわけではない、断じて)(いや、若干してたけれど)。

「そういう話なら、」
「ええ、ば、ばれた?」
「お前、ベタだな」
「何が?」

きょとんとしているの唇に、そっと自分のそれを重ねた。
(やっぱあれだろ、告白は自分からしてやるもんだろ)
(こいつに先を越されるのは、癪だ)

唇を離すと、目を見開いていると目が合って、その顔の滑稽さに思わずふいた。

「お前、目くらい閉じろ」
「え、いや、な、何今の」
「何って、キスだろ」
「や、だから何で私たちキスしたの」
「はあ、お前俺の事好きなんだろ?」
「へ、へ!?なんで!?」
「ああ?告白のために呼んだんじゃないのか」

噛みあわない会話に、内心焦る(もしかしてこれは、勘違いというヤツなのか)。
けれど真っ赤なの顔を見ると、そう的外れでもない気がする。
が、

「べ、別にそんなんじゃなくって、荷物多いから持ってもらえたらなあって、へ、へへへ」

「アレ」と彼女の指差す方向を見ると、教室の隅の方にダンボールが置いてあり、 布やら紙やらが見えている。 それを目に入れて、それからの顔を見て、もう一度教室の隅を見て。
俺は頭を抱えた。
(俺とした事が、情けない)

「クラス企画の衣装とか、旗とか、愛好会の荷物とか持って帰って作業する事になっちゃって、ね?」
「……………………」
「あの、ほら、今の、無かった事にするし、そんな、落胆しなくても」
「…………………………
「う、うん?」

所在なさげにふらふらしていたの片腕をがしっと掴んで、雑巾絞りをしてやる。
「いたたたたた!」と声をあげる彼女の顔を思う存分堪能した後俺はその場を去ろうとした。

「えーーーー!ちょっと待って、私折角待ってたんだから手伝ってよ!」
「俺に恥をかかせた罰だ」
「勝手に勘違いしたの、若でしょうが」
「ほお、いい度胸だな」

立ち止まって振り返ると、追いかけてきたも足を止める。 にじり寄るようにに近寄ると、彼女はびくりと肩を揺らした。
(そんなに怯えなくても)

「…手伝ってやらない事もない」
「………ほんと?」
「ただし」
「た、ただし?」
「無かった事にするな、さっきの。返事を寄越せ」

(だいたい、無かった事にするってどういうことなんだ、失礼な)

「えっ、確信犯だったんじゃないの?」
「何が」
「私は、若の事好きだよ」
「はあ?」
「や、だから無かった事にするっていうのは、何か不意打ちすぎて格好つかなかった事を気にしてるのかなって思って、 だからノーカウント、みたいな?」
「いや、今のも充分不意打ちだ」

(だめだ、こいつに対して格好つけるというのがまずムリだった)
結局のところ、告白だって先を越されたのと同じようなものだしな。

俺はもう一度頭を抱えて、それから真っ直ぐを見た。

Read my lips(いい?よく聞いて)