期末テスト最終日の朝、駅の改札でばったり出くわした日吉くんに 開口一番「酷い顔」と言われた私は女の子として弱冠ショックをうけつつも それどころではない睡魔に襲われていて「おうあよ」(おはようと言いたかった) と意味不明な呪文を口に出した。
一層眉間に皺を増やした日吉くんは、「寄るな。知り合いだと思われるだろ」と 冷たい声で言い放った。
「待ってよー」とふらふら歩き出したら自分の足が絡まっておっとっと状態になり、 見かねた日吉くんが「しょうがないな」と私の腕を引いた。

そんなこんなで、ホームに頭から倒れこむという事件を起こさずに済んだ私は、 たくさんの人で混み合う電車に乗り込む事が出来た。 そしてそれほどぎゅうぎゅうではなかった車内のすみっこに私はもたれかかって目を閉じた。

「どうせ今日も徹夜だろ。お前バカなのか?ああ、バカなんだったな」
「だってテスト前じゃないと忘れちゃうんだもん」
「要領が悪いんだよ。だからって3徹もするやつがあるか」
「テスト中に寝ちゃうかも」
「自業自得っていう言葉知ってるか」

テスト期間で部活がなくなる放課後、遊びつくした私はテスト初日前夜から やっと勉強に集中し始めた。 それはいつもの私のスタンスであり、日吉くんはテストがあるたびにへろへろになっている 私を見て鼻で笑うのだった。
日吉くんはと言えば、『きちんと授業きいてれば、テスト前に勉強する事もないだろ』 と余裕のセリフを吐き捨てる。そんなセリフ一生のうち一回でもいいから言ってみたいものである。

しかし徹夜が3日も続くと(もちろん仮眠はとったけど)、 頭に浮かんだ行動をわけもなく瞬時にとってしまうものなのだ。 理性というものがどこかへとんでいったのか、はたまた私の脳みそのかわりに いびきをかいて寝ているのかもしれない。
そんなハイ状態の私は、手すりに伸びる日吉くんの腕をぺちぺちと何度も意味なくたたいていた。

、お前は一体何がしたいんだよ」
「ふひひ、わかんないぜー」
「酔っ払いかお前は」

鬱陶しそうに私の腕を掴んできた日吉くんの手がひんやりとして気持ちよくて、 「おお」と声を上げて今度はぺたぺたとその手を触りまくった。 きっと今日吉くんは私にドン引きしているに違いないが、 眠気の限界に達した私の脳みそにとってはそんな事たいした問題ではなかった。

「ホームに置いてくるべきだった…」

心の底からの言葉だったのだろう、ものすごい低音で憎悪に満ちた声だった。
それからひとつため息をついて私の頭をもう片方の手で押さえ込んできた。 ぐわんと視界が回って、気付いたら私は日吉くんに寄りかかるように立っていた。

「目、つぶってるだけでも少しはすっきりする」

そう言った日吉くんの顔が、どんな表情をしているのかはわからなかった。
ただ私は、ひんやりと気持ちいい日吉くんの腕にまとわりついてゆっくりと目を閉じた。 ガタンゴトンと電車の揺れる音が心地よくて、 私の意識は半分夢の世界にいってしまった。


とろむ瞼に映る面影