鳳くんの意味深な言葉について考えていたら眠れなくて。 いつもより遅い時間に目が覚めて(普段凄く早く登校するから遅刻するほどの寝坊じゃなかった)、 お母さんに珍しいねと笑われながら朝食を取って。
のろのろと支度をして家を出た。
満員電車に揺られて学校への坂道を歩いていると、後ろ髪に何かが触れた。
びっくりして振り向くと、そこには薄い笑みを浮かべた日吉くんがたっていた。

「寝癖くらい直して来いよ」

テニス部は毎日朝練があるから、とても早く登校する上に教室に入ってくるのも ギリギリというのが私の中での常識だった。 だから、寝不足で寝坊して寝癖も気付かないほど無気力になっていた私に、その原因を作った 本人(あと鳳くん)を目の前にしても気になったのはそっちのほうだった。

「えっ、日吉くん朝練は?あ、まさか寝坊でしょ」
「お前と一緒にするな」

私のはねた後ろ髪を弾いた後、おはようの挨拶も無しにすたすたと歩いていった日吉くん (まったく、何なんだ)を追いかけて隣に並んだ。

「鳳くんと二人して私をはめようと何かたくらんでるのが悪い。 何か私、物凄く歯切れの悪いところでドラマが終わってあと一週間も待たなきゃいけない ようなもやもやした気持ちだったんだからね」
「わかりやすい例えどうも」
「あ、ていうかおはよう」
「おはよう」
「ねえ、昨日はうっかり私が白紙の手紙の犯人だって認めちゃったけど本当は違うの。 鳳くんに頼んで渡してもらったラブレターの犯人は鳳くんと日吉くんがたくらんだ事 だったんでしょ?私昨日、鳳くんから聞き出したんだから!」
「へえ」
「へえ、ってそれだけ!?もう二人ともほんと意味がわかんない。 もうひとつわかんないのはね、白紙の手紙を出した犯人はうちのクラスにいるって事になるでしょ? 誰なんだろうね、日吉くんにそんな事したの。やっぱり呪いの手紙かなあ… だって日吉くん、中身が書いてないなんて気持ち悪くてもやもやしたでしょ? きっと犯人はそうやって日吉くんの精神状態を悪化させようと考えたやつに違いないね!」
「いや、あれはラブレターだ」

何故か自信満々にそう言うものだから私は腑に落ちなかった。

「…何でそういいきれるの?だって、日吉くんの名前しか書かれてなかったんでしょ? それともやっぱりあぶり出しだったの?っていうかそうだ。 聞くの忘れてたけどもしかして自分で書いたの?私、その線も考えてた」
「さあな」
「ちょっと!やっぱり自分で書いたの!?」
「うるさいな。お前、もっと普通に喋れねえのかよ朝から元気なヤツだな」
「…だって…もやもやするんだもん…あっ、それより朝練は?やっぱり寝坊?」

突然朝練の事を思い出して、私は少し焦った。
もし寝坊して、急いで行こうとしていた途中で偶然私を発見して。 ただ無視して通り過ぎるのは忍びないと思ってあんな風にちょっかいかけただけだったら、 今となりを歩いている私は完璧に日吉くんの邪魔である。
私がとなりに並んでから、少し歩くペースを落としてくれた事に私は気付いていたから。
(それに、遅刻の原因にされるのはごめんだ)

だけど、そんな私の焦りをよそに日吉くんは私を一瞥するとプッと噴出して。
笑われた怒りよりも先に、日吉くんの崩した表情を見て私は嬉しくなった。
いつも仏頂面で、怒っているような何考えてるのかわからないようなそんな顔ばかりしている 日吉くんだから。

「お前は本当に、支離滅裂だな。国語、絶対D判定だろ。 もう少し文章をまとめましょうって評価欄に書かれてないか?」
「気になる事がいっぱいあるんだからしょうがないでしょ!」
「2年になってしばらく経つのにそういうところは成長してないんだな」
「…もういい。鳳くんをしばいて真相全部はいてもらう!」

笑ったと思えば人を見下したような顔で失礼な事を言い出す日吉くんに (まあ、これが彼の”普通”である事を1年の頃から知っているから 本気で怒っているわけじゃないけど)、 ちょっとイラついた私は日吉くんの横を離れて早足で歩き出した。

「待てよ。ヒントをやる」

でも、すぐに私の足は止まった。
ちらっと振り返ると日吉くんも立ち止まっていて。
何故か、その表情は真剣に見えた。

「誰かが嘘をついてる」
「…え?」
「お前の情報はどっかが間違ってて、正しい推理が出来てない」
「…それだけじゃわかんないよ…それに私、もう考えるの疲れちゃった」
「せいぜい小さい脳みそで考えるんだな」


そういって歩き出した日吉くんに、私はついて行こうと思わなかった。
しばらく立ち止まって、増幅したもやもや感に少し苛立ちを感じて。 誰が私に嘘をついていて、何が真実なのかわからなくて。
寝不足も手伝って頭は働かず、とぼとぼと私は学校へ向かった。



教室に入ると鳳くんが窓際でクラスメートの男子と談笑しているのが目に入った。
なにやら楽しそうに笑うその姿に、私はこんなに悩んでるのにとまた少しイラッとした。
鳳くんは教室に入ってきた私を見つけて、「おはよう」と少し手を上げて こちらに笑顔を向けてくれたが私はそれをあえて無視した。
このくらいの意地悪はゆるされるだろう。

そんな私の様子が気になったのか、私が席について鞄から教科書を取り出す所作の間に 近づいてきた。

「顔色悪いね。大丈夫?」
「…ご心配どうも。鳳くんのせいでこうなったの」
「ええ!?俺?」
「だってあんまり眠れなかったんだもん」
「昨日の事?」
「…謎がもっと増えた。もう何も考えたくないよ〜〜〜」

教科書がつみあがった机にぐだっと張り付くと、鳳くんが机の横にしゃがみこむ気配がした。

「ねえ、さん」
「うん…」
「今朝、もしかして日吉に会った?」
「ん。そういえば今日は朝練無かったの?そういえば結局日吉くん答えてくれなかった」
「今日はコートとかライトの整備が朝からあったから休みだったよ」
「そうなんだ」
「うん。でさ、日吉何か言ったの?」
「…言ってた。意味わかんない事」
「意味わかんない事?」
「誰かが嘘をついてるって」
「そんな事言ったの?」
「もう私、本当にもやもや死しそう…鳳くん、殴ってもいい?」

のろのろと机から顔を上げて鳳くんを見ると、鳳くんは少し顔を引き攣らせた。

「…冗談だよ。や、本気かも」
「勘弁してよ」
「…だってさ」
「…じゃあ俺からもヒントあげる」
「またあ?もうヒントはいいよギブアップ。答えをちょうだいよ」
「日吉と朝会ったんだよね?」
「……はいはい、会いました〜〜」
「偶然だと思う?」

ふてくされたように横を向いていた私は鳳くんの表情が見えなかった。
だから、その声の真剣さが妙にリアルに伝わってきた。

「…私、寝坊したの。だからいつもと違うへんな時間に登校してた。 日吉くんだってたまたま朝練が無かったから遅かっただけでしょ? 登校中に友達に会うのって結構確立低いと思うけど、無くはない偶然だよ」
「それじゃ推理の要素が欠けちゃうよ」
「…もー…」
「中心が俺でも日吉でも、白紙の手紙の真犯人でもなくさんだって考えてみたら?」
「私…?」
「そう。何でわざわざ、偽物のラブレターをさんに届けたのか、 何で俺はそんな事を考えたのか」
「…それは、鳳くんが私と日吉くんを仲良しにさせようとしたからでしょ?」
「なんだ、わかってるんじゃないか」
「それは昨日鳳くんが自白したじゃない」
「もっと単純なんだよ」
「鳳くんは答え知ってるの?ていうかこれ、何なの?どういう状況?」
「そう、そういうこと。どういう状況か考えて。 それでね、さんが自分で考えないといけないみたい。 日吉ってそういうところ嫌な性格だよね。いや、いい性格っていうか?」
「…もっと具体的には?」
「うーん…じゃあ、この際白紙の手紙についてはデリートしてみれば? あれはもともと俺たちの計画の中には無かったんだから。 それがさんを混乱させてる」

何を言われても、鳳くんの言葉は半分も私の頭に入って来なかった。
正直二人とは距離をおきたいくらい混乱していた。

(もしかして、二人で私をバカにしてるだけかもしれない)
どういう状況に置かれているのかを考えろという事はそういう事だろうか。
もしかしたら、何の意味も無いのかもしれない。
推理小説を楽しんでいるような、それでいて実は何の仕掛けもなく全てが無意味。 その答えにたどり着くまでを楽しむゲームだったというのもひとつの考え。
以前、日吉くんと本についての話をした事があった。
その時私はどんなジャンルの本を読むのかと聞かれて、推理小説とか結構読むよ なんて答えた気がするし。

「そうだよ!もういいや!鳳くん、ありがとう楽しかった。このところ私、 毎日がおんなじで退屈だなあってちょっと思ってたから」
「な、何どうしたの急に」
「意味なんて無いんでしょ?推理小説みたいに、色々謎かけがあったけど 単純にそれだけで」
「ちょっと待って、
「あんまりかわかわないで」

鳳くんの焦る声をさえぎって、少し強く私はそう言い放った。
鳳くんはそれ以上何も言わずに後ろの席に座った。 その事に少しだけ罪悪感を感じたけど、言葉の通りこれ以上意味不明な事を言われるのは 私は勘弁して欲しかった。 ただでさえ寝不足だし、考えていることに疲れていた。
これ以上問い詰めても、きっと鳳くんは私の望む答えはくれないだろうと思ったし。
何だか急に、不毛な事に思えてしまった。

めんどくさくなった、といえばそれだけだけれど。
心の中に残ったもやもやは、私の気分を悪くさせた。


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